ある童話作家のタマゴの話9・・・断食

近況その①・・・自然療法の効能

 最近、身体全体に湿疹がでました。肝臓の機能が衰えたのでしょうか。はたまた、自然療法によくでてくる、好転反応(体質改善反応)でしょうか。ぼくとしては良くなっていくことを願うのみですが、どちらにしてもかゆいのです。市販の塗薬をつけても改善しませんでした。そこで東城百合子氏の自然療法にでてきます「湿疹の部位をダイコンの切り口でこする」療法を行いました。不思議なことに数日で湿疹がなくなりました。自然療法の効能を身近に感じました。

 さて前回紹介した、ゲンノショウコ漢方薬局で、ドクダミは普通の薬局で買うことができます。ハブソウ茶や番茶は道の駅などでよく見かけます。また豆茶ですが、ぼくは実家でもらっています。まずは前回の濃い人生の続き、そして今週は断食について本の紹介をします。

 

濃い人生 その③ 趣味

濃い人生その①その②で仕事ばっかりやってきたようなことを、この間書きましたが、個人で過ごす濃い時間も結構ありました。ちなみにぼくの趣味は、若いときバイクと山でした。今は武道と将棋です。

高校一年 冬 原付免許取得  高校二年 春 ホンダCB50JX購入

大学二年 夏 山口-北アルプスツーリング 

     秋 ホンダCB50S購入

     春 九州一周ツーリング

大学三年 夏 四国一周ツーリング 

     秋 自動二輪中型免許取得 カワサキZ400LTDⅡ購入 

     春 九州一周ツーリング

大学院一年 夏 瀬戸内海一周ツーリング

社会人二年 夏 ホンダCBR400F購入 東北、北海道ツーリング

いつとったか忘れたけれど大型自動二輪免許取得 ホンダCB750購入 

主な免許取得とツーリングを書いてみました。なお、ちょこちょこしたツーリングには、仕事の合間をぬっていっていました。結構バイク人生満喫しました。

 

 大学一年 夏 大山登山 春 九重連山登山

 大学二年 夏 北アルプス白馬岳登山

 大学院一年 夏 石鎚山登山

 たいして登っていませんが、中四国九州本土の最高峰に足跡をしるしました。まあ、野草研究会の会長だったから、目的は登山というより、花を見に行ったのですけれど。また、小さな山には数え切れないくらい登りました。

 また、社会人になって子どもと一緒に大山にのぼりにも行きました。結構山登り人生を満喫しました。

 

 将棋は高校で囲碁将棋部でしたが、そのころはあまり本格的に研究しませんでした。子どもが生まれて、何か自慢になるものが欲しくて、本格的に研究し、雑誌の昇級昇段検定を受けました。六段まで取りました。大会はちょくちょく参加しています。第80期県北名人戦゛はB級で準優勝してトロフィーをもらいました。結構満足した将棋人生でした。

 

 武道については部活動で触れたので割愛します。とにかく、のめりこむ程のこともありませんでしたが、仕事ばかりしていたのではなく、趣味もわりと濃い人生を送りました。

 

 さて、今回は断食についてです。癌でどんどん体重が落ちていくのに断食なんてと最初は思っていて、むしろよく食べていたのですが、この本を読んで考えが変わりました。

 

◎本の紹介その6 ムラキテルミ著『ガンは自分で治す』

 

 あらゆる病気は血液の汚れが原因。血液の汚れの原因は体温低下食べ過ぎ。そこで身体を温めること、断食して食べ過ぎないことが大切。

 断食をすると、病気のもととなっているタンパク質、脂肪などが、健康細胞の栄養として食べられて、なくなってしまう、これを自己融解という。断食によって、自己融解が起こった結果、ガン、脂肪肝動脈硬化、炎症が治癒する。

 この本を簡単に説明したらこうなるのですが、なるほどと思いました。癌に断食が良いというのは赤本の「癌は不治の病ではない」の中の「短期の断食」という所に載っています。期間が赤本では5日間から1週間となっていたので、とてもできないと思っていました。しかし、ムラキ氏の本を読むと断食と言ってもまったく食べないのではなく、朝はニンジンリンゴジュース、昼は生姜紅茶、夜はご飯を普通に食べるという減食でした。3食を1食から1.5食にするものでした。そこでぼくも食事の量を少し減らすことにしました。

 

*まずはこの頃の一日を書き出してみます

 

5/1(金) 

7時 腹式呼吸をして健康摩擦をして足医術をする。

枇杷生葉療法 枇杷生葉座布団 梅肉エキス 薬草茶 たもぎたけ

8時 朝食 バナナ リンゴ 青汁人参ジュース スギナ茶 フコイダン

9時 執筆活動 梅肉エキス 薬草茶 たもぎたけ

12時 昼食 玄米菜食 スギナ茶 

13時 執筆活動

16時 腹式呼吸をして健康摩擦をして足医術をする。

枇杷生葉蒟蒻湿布 枇杷生葉座布団 センブリ 薬草茶 たもぎたけ

18時 夕食 玄米菜食 スギナ茶 フコイダン

22時 腹式呼吸をして健康摩擦をして足医術をする。

枇杷生葉療法 枇杷生葉座布団 

 

◎実践していたこと

 

〇薬草茶にタモギタケとヨモギの粉末を溶かして食前に飲んでいました。朝はリンゴ半分のスライスと、ニンジンジュースに青汁の粉末を溶かして飲んでいました。たりない時にバナナを少し食べました。朝の玄米を抜いただけで結構調子が良くなりました。また、そのうちリンゴはすりおろして食べるようにしました。できるだけ胃の負担を減らすためです。ただ、フコイダンやタモギタケなどのサプリメントについてはもう少し調べてみようと思っていました。

 次回はサプリメントについて考察します。

 

             ある童話作家のタマゴの話10(8/12)に続く

ある童話作家のタマゴの話8・・・薬草茶

 前回紹介した自然食品店には、無農薬野菜なども売っていますので、週に1回は行くようにしています。さて、まずは前回の濃い人生の続きです。そして今週のテーマ薬草茶についてです。

 

濃い人生 その② 校務

 高校教師に採用されるまで、教師の本業は授業と部活動指導くらいしかないと思っていたのですが、膨大な時間をとられる校務があったのです。

S高校 5年間生徒会顧問だったので、生徒会活動の指導にものすごい時間を費やしました。対面式、体育祭、文化祭、夏休みの一年生キャンプ指導、球技大会、平和活動、予餞会、年がら年中行事があり、忙しいときは夜の十時を過ぎても帰れないことが、しばしばありました。本当に良く働いて濃い時間を過ごしました。

F高校 赴任した当初はかなりのんびりしていましたが、教育改革の波が押し寄せて、高校の中に併設型の中学校をもつ中高一貫教育校に変わりました。なぜか、ぼくが中高一貫教育研究推進委員長になりました。他県の先進校に視察に行ったり、研究冊子をまとめて県に報告したり、何と文部科学省まで出張に行ったりと、忙しい生活がまたまたやってきたのです。他の先生方が経験したことがないような仕事をしました。今思えば、濃い時間でした。

I高校 少しのんびり働きたいと主任になるのを断ったのですが、そのためかどうかわかりませんが、連続6年間も担任をしました。その6年間のうち、なんと三年生の担任を3回もやりましたから、とてものんびりできませんでした。調査書、推薦書を書くのに追われた、濃い時間でした。

M高校 ぼくの勤務した高校の中で、最高の高校でした。ある程度の進学校で、行事はすべて生徒が責任をもって中心になって動いてくれました。こんな高校があるのだなと、少し感動しました。ただ進学校だけあって進路については結構時間をかけて先生方と話をしたのだけは覚えています。

 ぼくが赴任した高校の先生方、本当にお世話になりました。先生方が、ぼくの様な癌になることがないことを祈っています。

 

 さて、山口大学野草研究会OBの皆さん。ぼくは痩せても枯れても、山口大学野草研究会第10代会長です。まあ学生時代あまり活動らしい活動はしていないのですが。ただ、野草について興味関心を持ち、身体に良い、食べられる野草があることを先輩方から教わった記憶があります。そこで今回は薬草になる野草などの飲み物について調べてみました。

 

◎自然療法の本によると種々のガンに効く食べ物として

「ツルナ(ハマチシャ)の味噌汁 ヒキオコシの葉と茎 ヒシの実、ツルナ、ハトムギドクダミゲンノショウコハブソウの実、フジのツルのこぶを加えて煎薬にすると良く効く」とあります。

 

◎森下医師の本にも薬草茶が出てきます。

エゾウコギ、カワラヨモギカンゾウ、クコ、オオバコ、ドクダミハトムギ、ムラサキ、レンセンソウを数種類合わせてお茶がわりに常用すると良い」とあります。

 

◎赤本によると

「青汁は青い野菜の葉、食べられる野草、松葉、南天の葉、柿の葉、その他食用にできる青い木の葉なら何でも良いので、ビタミンや酵素の多い大根の葉、人参やホウレン草、京菜、ふだん草、つるな、蕪、小松菜、牛蒡、春菊、葱、なづな、よめな等の葉、野草ではおばこ、あかざ、よもぎ、はこべ、紫蘇、柿の青葉、雪の下等の中、五六種を混合してのませます」とあります。

 「癌に効く漢薬」として、「癌を治す科学上の薬は未だできていない」と前置きしながら、薬草としては「ハマチシャ、ヒシの実、ヨクイニン、白花ゲンノショウコハブソウ茶が紹介されています。またフジのこぶも紹介されています。

 

  • 薬草のことを調べて飲んでいた頃の一日を書き出してみます

 

4/1(水) 

8時 腹式呼吸をして健康摩擦をして足医術をする。枇杷生葉蒟蒻湿布 

    梅肉エキス 薬草茶 青汁 たもぎたけ 

9時 朝食 玄米菜食 枇杷生葉座布団 

10時 執筆活動 梅肉エキス 薬草茶 ヨモギ粉末 たもぎたけ 

12時 昼食 玄米菜食 ニンジンジュース

13時 執筆活動

16時 腹式呼吸をして健康摩擦をして足医術をする。枇杷生葉蒟蒻湿布 

枇杷生葉座布団 梅肉エキス 薬草茶 ヨモギ粉末 たもぎたけ

17時 夕食 玄米菜食 

20時 腹式呼吸をして健康摩擦をして足医術をする。枇杷生葉座布団 

 

◎実践していたこと 

 

〇薬草茶としてぼくが試したのは6種類です。

*2月11日から3月16日まで35日間

 ハブソウ茶番茶を飲みました。

*3月17日から5月29日まで74日間

 ハブソウ茶番茶ゲンノショウコドクダミを加えて飲ました。

*5月30日から今日、7月29日まで61日間

 さらにスギナ豆茶を加えて飲んでいます。

 

 スギナは田舎に取りに行っています。枇杷の葉と違って夏の一時期しか姿を現さないので、この夏一年分採取しました。ちなみに自然食品店にも売っていました

 

枇杷生葉座布団とは・・・枇杷の葉を小さく切ってガーゼにまいて、腹部や下腹部に湿布のように24時間程度貼っておくのです。赤本の枇杷の葉療法の2に載っていました。

 

          ある童話作家のタマゴの話9(8/5)へ続く

ある童話作家のタマゴの話7・・・自然食品店

 童話『ガン食い虫』読んでもらえましたでしょうか。実際にそんな虫がいれば良いのに、という思いを込めて書きました。

 さてもうすぐ、癌と診断されて8カ月たちます。実は、ぼくは癌と診断されても不思議と動揺はありませんでした。これまでのぼくの人生が、ずいぶん濃い人生だったからでしょうか。そろそろあっちの世界に呼ばれたのかなと思ったのです。この40年、人の2倍、3倍は本当に良く働いた、濃い人生だったので・・・まずはその濃い人生を4回にわたって振り返ってみます。

 次に食事療法と枇杷の葉療法だけで良いのかなと、試行錯誤していた2月、3月ごろのことを振り返ってみます。お付き合いください。

 

濃い人生 その① 部活動指導

 この話をするためには大学時代の友人Yくんについて話さねばなりません。Yくんは同じ化学科、同じ野草研究会、同じ県出身です。一緒に茶話会に行って野草研究会に入ったのですが、彼には極真空手というもう一つの趣味がありました。確か山口大会では3位に入賞したはずです。彼とは大学卒業後も一緒にスキーに行ったり、ツーリングに行ったりして交流していました。そのYくんがぼくを打撃系武道の太道の道場に誘ってくれたのです。この道場が、ぼくの武道人生の始まりでした。そして長い武道系部活動指導の始まりでした。Yくんがもし、ぼくを誘ってくれなかったら、この後のぼくの部活動指導は全く違ったものになっていたと思います。

 S高校 臨採を経て、最初に赴任した駅伝で有名な高校です。だいたい高校に、武道経験者の教師は少ないです。ぼくは太道をやっていたので空手道部の顧問を頼まれました。もちろん空手と太道では大会ルールも異なるので、指導するに難しいこともありましたが、このS高校空手道部は、毎年のように県大会で勝ち上がり、ブロック大会にぼくを連れて行ってくれました。まあ、ようはいそがしかったということです。

 F高校 前任校で空手道部の顧問だったので、この高校では少林寺拳法部の顧問になりました。同じ武道だからでしょうか。太道はすでに黒帯をもらっていましたから、この高校で生徒とともに少林寺拳法の練習をして、昇級、昇段し、なんと最終的に五段大拳士までとることができました。このF高校生は良く練習していたので、毎年のように、県大会で勝ち上がり、ブロック大会、そして全国大会にぼくを連れて行ってくれました。ある年には生徒が2年連続全国優勝して、何故か、たいして指導していないぼくが、県高体連から表彰されることもありました。忙しく充実した部活動指導でした。

 I高校 ここでもまた、空手道部の顧問になることができました。今度は空手道の黒帯を目指しました。この高校の生徒とともに空手の練習をして、昇級昇段審査を受け、最終的に全日本空手道連盟公認二段まで取得しました。前2校のように、土日も休みなく練習することはあまりなかったのですが、大会では頑張って、毎年ではありませんが、何回か県大会で勝ち上がり、ブロック大会に生徒が連れて行ってくれました。ただ、少林寺拳法と違って、空手の全国大会出場はなかなか難しいものでした。

 M高校 この高校に空手道部はありませんでしたが、ぼくが赴任した年に、空手道経験者が入学したので、この生徒の引率だけ行くことがありました。1年目はブロック大会、2年目はなんと空手の全国大会、つまりインターハイに連れて行ってくれました。このM高校を最後に、教師生活を終えることになるのですが、本当に良く働いた、濃い部活動人生でした。

 どの高校の生徒のみんなも癌などにならないことを願っています。

 

 さて、話を自然療法にもどします。玄米菜食を中心とした食事療法、枇杷の葉療法だけでは不安だったので2月、自然食品店に何かないかと買い物に行きました。いろいろ良い物を見つけました。梅肉エキス、青汁、ニンジンジュースです。梅肉エキスは赤本では大腸癌が治ったと記載があったし、自然療法の本には食薬として載っていました。青汁は赤本の抵抗療法に載っていましたし、ニンジンジュースは体に良いとありました。また、抗癌作用のある野菜などをネットで調べました。

 ネットにはニンニク キャベツ ニンジン トマト ブロッコリー カリフラワー ピーマン ナッツ ダークチョコレート ほうれん草 サツマイモ そば 野菜スープ 味噌 パパイヤ サケ エビ カニ DHA 梅酒 に抗癌作用があると書いてありました。

 

  • この頃の一日を書き出してみます

 

3/1(日) 

7時 腹式呼吸をして健康摩擦をして足医術をする。芋湿布をする。 

8時 薬草茶 梅肉エキス 朝食 玄米菜食 青汁を飲む。

9時 執筆活動

11時 枇杷生葉蒟蒻湿布 

12時 腹式呼吸をして健康摩擦をして足医術をする。 

13時 薬草茶 梅肉エキス 昼食 玄米菜食 ニンジンジュースを飲む

14時 執筆活動

16時 枇杷生葉蒟蒻湿布 健康摩擦して芋湿布をする。

18時 薬草茶 梅肉エキス 夕食 玄米菜食 

19時 腹式呼吸をして健康摩擦をして足医術をする。芋湿布する。 

 

執筆活動は本当に短時間で、手当てに時間をかけていたのがわかります。

 

◎実践していたこと

梅肉エキス 

期間 2月6日から4月1日まで 1日3回

   4月2日から6月11日まで 1日2回

   6月12日から今日、7月18日まで 1日1回

   計 164日間 継続

 最初は食事前に毎回飲んでいたのですが、100gが10日でなくなったので飲みすぎだと気づきました。そこでだんだん量を減らしていき、1日3g程度にして、夕食時飲むことにしました。現在は飲んでいません。

青汁

期間 2月21日から今日、7月22日まで153日間 継続中

ニンジンジュース

期間 2月22日から今日、7月22日まで152日間 継続中

*ちなみに最初は別々に飲んでいたのですが、水分の取りすぎになるので、4月7日から青汁をニンジンジュースに溶かして飲んでいます。

芋湿布

期間 2月14日から3月13日まで29日間行いました

 これは赤本や自然療法の本に載っていたのですが、サトイモと生姜を9対1の割合ですりおろし、ガーゼに包んで腹に当てておくのです。赤本によると癌の転移や進行が2週間で止まるそうです。一応倍の4週間実践しました。

枇杷葉蒟蒻湿布について 

期間 2月3日から5月21日まで109日間行う

  6月22日から今日、7月22日まで31日間 継続中

  この療法も自然療法の本に載っていたのですが、枇杷の葉を直接、腎臓肝臓の上にのせ、その葉の上に温めた蒟蒻をのせるというものです。そこで枇杷の葉が多いときは枇杷葉蒟蒻湿布を1日2回。少ないときは1回して、肝臓腎臓はカイロで温めました。

 

前に紹介した

 

腹式呼吸

 期間 2月8日から今日、7月22日まで166日間 継続中

健康摩擦

 期間 2月13日から今日、7月22日まで161日間 継続中

足医術

 期間 11月26日から今日、7月22日まで240日間 継続中

枇杷葉療法

 期間 1月18日から今日、7月22日まで193日間 継続中

玄米菜食の食事 

 期間 1月20日から今日、7月22日まで191日間 継続中

スギナ茶(薬草茶)

 期間 4月26日から今日、7月22日まで88日間 継続中

食養生の心構え

 毎日

枇杷葉風呂に入る

冬は3日に1回、さすがに夏は汗をかきますから、最低でも2日に1回は入るようにしています。

〇肝臓・腎臓を温める

毎日、カイロや温めた蒟蒻で肝臓と腎臓を温めるのも継続しています。

 

        ある童話作家のタマゴの話8(7/29)に続く

ビワ・・・ある童話作家のタマゴの話6

 前回紹介した赤本の中に出ていた、枇杷の葉療法を読んで書いた童話です。少し長いですが、読んでみてください。

 

               ガン食い虫

                         タカスギ ケンジ

 ぼくと父は虫を探して、日本の温泉地を旅している。ガン食い虫という名の虫だ。それは小さな、小さな、目に見えるかどうかもわからない小さな虫のようだ。名前のとおりガンを食べる、そんな虫だ。 

 日本には奇跡がおきたと、うわさされている場所がある。医者に完治は不可能だと言われたステージⅣの末期がんの患者が、そこに行けば、いつの間にかガンが消えたという場所がある。その場所は岩盤浴とか砂風呂とかの温泉地に多い。

 でも普通に考えて、岩盤浴とか砂風呂でガンが消えるわけがない。どうやらその場所には、小さな、小さな、ガン食い虫が住んでいるらしいのだ。ガン食い虫は人の身体に発生したガンが好物らしいのだ。ガンを食べてくれるガン食い虫、今どこにいるのだろう。

 

1 砂風呂

 

 鹿児島県I市の海岸の砂の上を歩くと熱い。きっと、ここの地下深くにドロドロのマグマがたまっているからだ。この海岸に天然砂むし場がある。ぼくは3年前、小学校2年生の時に家族旅行でこの地に来て砂風呂に入った。その時は父と母と妹とぼくの4人だった。今回はぼくと父のふたりだけだ。それにしてもここは3年前と少しも変わっていない。青い海と白い雲、日差しの強い太陽。

 変わったのはぼくの家族のほうだ。父がガンになった。手術も放射線治療も受けられないほどガンが進行していた。余命は半年、抗がん剤で少しだけ命をのばしても10カ月と診断された。ぼくたちはほかにガンを治す方法はないのかとインターネットを検索した。難しい学術論文がいろいろあったが、何が書いてあるのかわからなかった。わかった事は現代医学では手術、放射線抗がん剤の3つしか治療方法がないことだった。4つ目の免疫療法はまだ研究開発中らしい。

 現代医学が役立たずなら東洋医学ではどうだろうかと調べた。昔から日本には薬草、鍼灸、民間療法が伝えられている。まえに梅の木になったサルノコシカケがガンに効くと聞いたことがある。ネットを見ていると東洋医学かどうかわからないが、ガンに効くという自然療法、食事療法、温熱療法などいろいろ存在することがわかった。そして砂風呂に入っていたガン患者の身体から、ガンが消えて驚いたことが載っていた。ネットの情報には嘘も多い。ぼくは最初、信じなかった。だいたい砂風呂に入ってガンが消えれば医者はいらないじゃないか。

 しかし、父のガンは現代医学では治らないのだ。それに昔からフグの毒に当たって死んだ人を、海岸に埋めておけば生き返ると聞いたことがある。砂には不思議な力があるのかもしれない。だから同じようにガンが消えるのかもしれない。ぼくたち家族は藁にも縋る思いで砂風呂にかけることにした。母と妹を家に残し、ぼくは父と2人で3年前に家族旅行で来たこの地に、再び訪れたのだ。

 父と2人並んで海岸の砂の中に入っていると、だんだん蒸されてきた。そんなぼくを見て父は言った。

「お父さんは、頑張って長い時間、砂に入っているから、おまえはお父さんに無理に付き合わなくてもいいからな。しんどくなったら早く出て、風呂で砂を落としておいで。」

「うん、わかった。もう30分入ったから出るね。」

 さすがに30分も入っていると身体が熱くてたまらなくなる。ぼくは砂から出て風呂のある建物に向かった。その時、ぼくの目に小さな虫が写った。建物のすぐそばの砂の上に、バッタかコオロギのように見える虫がいるのだ。虫の眼がぼくをじっくりと見ている。

「良いのかい。」

 ふいに声がした。あたりに人はいない。ぼくはもう一度、虫を見た。

「そう、オレだよ。」

 なんと虫がぼくに話しかけているのだ。

「何が『良いのかい』なの。」

「君のお父さんガンだろう。ここにはもうガン食い虫はいないぞ。」

「え、ガン食い虫。」

「ああ、ガン食い虫のガンタさ。ガンを患った人が、砂風呂に入ってガンが治ったのを聞いてきたのだろう。あれはガン食い虫のガンタが、ガンを食べたから治ったのさ。」

「ガンタがガンを食べてくれるの。」

「そうさ、ガンタはガンが好物なのさ。」

 ぼくは虫の話を疑わなかった。なるほどと思った。砂の中に入っていた人の病気が治ったのは、砂の中にいるガンタが病気を食べてくれたからなのだ。

「そうだ、そのガンタは今どこにいるの。」

「あいつ気まぐれだから旅に出たのさ。全国各地でガンが治ったという、奇跡が起こった土地があるだろう。それはガンタがガンを食べながら旅しているからなのさ。」

「・・・」

「お父さんのガンを食べてほしいのなら、奇跡の起きた場所をたどって旅してごらん。きっとガンタに出会えるさ。」

「わかった。ありがとう。」

「気をつけて行きな。」

「うん。じゃあね。」

「いやお礼を言うのはおいらのほうさ。3年前、きみはおいらが海でおぼれていたところを助けてくれたじゃないか。覚えていないのかい。まあ、いいさ。じゃあな。」

 虫はそう言うと、目の前から消えてしまった。ぼくは3年前家族旅行で来た時のことを思いかえしたが、その時虫を助けた記憶は思い出せなかった。風呂に入り、砂を落とし、海岸の砂風呂に戻り、父に虫との話を聞かせると、父は笑って言った。

「そうか、ガン食い虫のガンタか。ここにいないのなら、しかたがないな。それじゃあそろそろ出ようかな。そうだ、その虫の言うように、ガン食い虫のガンタを探して2人で旅をするか。」

「うん。ぼく絶対、ガン食い虫のガンタを見つけるよ。」

 ぼくは決意を込めて大きな声で言った。

「ハハハ、ありがとう。」

 それは久しぶりに見た父の笑顔だった。

 

 2 ラジウム温泉

 

 鳥取県M温泉はいわゆる放射能温泉だ。ラドン222が含まれていて、ほんの少し放射線を出すのだ。この弱い放射線ホルミシス効果と言って身体に良いとされている。強い放射線白血病などのガンを誘発するのに、弱い放射線は身体にいいなんて不思議なことだが、ぼくは薬に似ているなと思う。すべては量によるというやつだ。まえに毒と薬のグラフを、何かの図鑑で見たことがある。この量までなら薬、この量から毒、この量で半分の人が死ぬ半数致死量、この量だと飲んだ全員が死ぬ全数致死量というグラフだ。

 この温泉でガンが治ったという情報はネットに載っていない。しかし、同じ放射能温泉の群馬県M温泉のある宿では、ガンが消えたという情報がネットに載っていた。同じ放射能温泉だからガン食い虫のガンタが、この温泉にも表れるのではないかとぼくは父に言った。父も賛成しここに来たのだけれど、父は違うことを気にしていた。

 父は「温泉の湯に入って大丈夫かな」と最初躊躇していたのだ。ガンに温泉は良くないという意見があるからだ。現代医学では治らないので、父はさまざまな本を手に入れたのだ。その一つ自然療法の本には、入浴そのものが厳禁とされていた。どうしても湯に入りたければ足湯、腰湯にとどめろと。しかし、温熱療法の本にはガン細胞は寒いときに活発になると書いてあった。また違う本には3日に1回、42℃の湯に10分間入って長生きしたとあった。本によってさまざまなのだ。

 さらにネットの記事ではガン細胞は42℃の熱で死ぬ、43℃では正常細胞が死ぬとある。毎朝晩、41℃の湯につかって長生きしたという記事も載っていた。どれがいいのかさっぱりわからない。

 なぜこうなるのか、現代医学と違って東洋医学や民間療法は経験則だからだ。ある草を煎じて飲ませたらその病気が治った。だからその草が薬草になったのだ。西洋医学のように草のどんな成分が、どんな症状に、どんな環境で、どう働いて効くのか、科学的根拠を追及していないのだ。いろんな情報があれば自分で判断しないといけないのが難点だ。

 そこで父は考えた。父の結論は「できるだけ熱い湯に短時間つかる。3日に1回、10間、43℃の湯につかる。」だった。ガン細胞は寒いとき活発になる。だから身体を暖めるのは良いことだ。ただし、露天風呂に入るまでや、更衣の時に身体が冷えるのは避けたほうがいい。それで父は湯船に、風呂に入るのは3日に1回にした。

 ぼくと父は温泉宿に入り、暑い昼の時間に温泉につかることにした。時間を10分間はかりながら温泉につかっていると、目の前にあの鹿児島の砂風呂で見た虫がいた。

「やあ、こんにちは。」

「ぼくたちについてきたのかい。」

「ああ、きみたち2人だけでは心配だったからね。それにここにはガン食い虫のガンタはいないようだぞ。」

「そう。失敗したかな。」

「どうしてこの温泉にしたのさ。」

「調べたのだ。ガンタの足取りを。」

「ガンタの足取り。」

「奇跡の起きた土地。鹿児島の砂風呂、群馬の放射能温泉、秋田の岩盤浴に奇跡の起きた温泉地があるよね。でも最近は奇跡が起きたと聞かない。だからどこか同じような成分の温泉地を、ガンタは旅しているのかなと思って。ここは群馬と同じ放射能温泉だからここにいないかなと思った。」

「なるほど。」

「ここにいなかったら、京都の海岸の砂湯に行って、その後で、群馬、秋田に行こうと父と相談した。」

ぼくが虫と話していると父親が不思議そうな顔をして言った。

「何を一人で、ブツブツつぶやいているのかな。」

「え、お父さん。ここに鹿児島で話した虫がいるじゃないか。」

「ほう、そうか。その虫は何と言っているのかな。」

「ガン食い虫のガンタは、ここにはいないって。」

「そうか。お父さんには見えないが、お前には虫が見えるのか。不思議な虫だな。」

「うん。大人には見えないのかな。」

「そうだな。サンテグジュペリの書いた『星の王子さま』の中で、『本当に大事なものは目に見えない』ってあったな。お父さんに見えないその虫が、ガン食い虫のガンタがいないというのなら、ここにいてもだめかなあ。次の奇跡の起きた温泉地に行くか。お父さん10分たったからもうあがるぞ。」

 父はそういって脱衣所に向かった。いつの間にか虫はいなくなっていた。

 

3 岩盤浴

 

 秋田県M温泉の岩盤浴はガン患者には奇跡の場所として有名なところだ。ぼくと父は鳥取県放射能温泉のあと、京都府の砂湯、群馬県放射能温泉と経由し、ここ秋田まで足を延ばした。父の容態は砂風呂や温泉につかってかなり良くなったように感じた。しかしガンだから治ることは考えられない。父はできるだけ長く生きる、できるだけ動く。そんなことを目標にしているみたいだ。ぼくはなんとかガン食い虫のガンタを、探すことだけ考えていた。

 M温泉についてぼくと父はびっくりした。ゴザをもった、足取りのおぼつかない人が大勢、山道を歩いて登っているではないか。あとで聞くとみんなガン患者だという。この温泉の岩盤浴の効用を聞きつけて、いや、奇跡が起きたのを聞きつけて、全国各地、いや、世界各地から集まってきたのだ。

 ぼくたちもあとに続いた。すると、もうすでに所どころの暑い岩の上に、ゴザを敷いて横たわっている人たちがいた。あとから来た人々もあいている岩の上に、ゴザを敷いて横になりだした。ぼくたちはもっと上に向かった。そこかしこから温泉の蒸気が出ている。

「この辺にしようか。」

 父はバスタオルを岩の上に敷いて、横になった。ぼくも、その隣で横になって目を閉じた。なんだかポカポカしてきた。良い気持ちだ。ふと目をあけるとあの虫がいた。

「どうやら、ここにガンタはいるみたいだぞ。」

「何だって。」

「ガンタの匂いがするのさ。」

「え、におい。」

 ぼくはその辺の匂いをクンクン嗅いだ。温泉の匂いがするだけだった。

「ガンタがどこにいるかわかるかい。」

 虫がぼくに聞いた。

「それは、わからない。」

 そうだ、わかるはずないじゃないかとぼくは思った。ぼくと父はガン食い虫のガンタを探して旅してきたけれど、よく考えたらガンタなんて今まで見たこともないのだ。すると虫が教えてくれた。

「ガンタは普段、ビワの葉の裏にいるのさ。」

「え、ビワ。ここは秋田県だよ。ビワは常緑広葉樹だから宮城県福島県までしか生えていないよ。」

 ぼくは理科の授業で先生から聞いた話をした。

「よく勉強しているな。でもな、学校の教科書通りには世の中なっていないのさ。ここは温泉地だから暖かいのさ。ほらそこに生えているではないか。」

「え、本当だ。」

 なんとすぐ近くの森の中にブナやミズナラに交じって大きなビワの木が生えていた。ぼくは木に駆け寄るとそっと一枚のビワの葉の裏をのぞいた。ビワの葉の裏には毛がびっしりついていただけだった。続けて何枚かの葉の裏を見た。やはり毛が生えているだけだった。

「いないよ。」

「いるじゃないか。その毛の中にガンタはいるのさ。」

「え、この毛。」

「ガンタは小さな、小さな虫だから人間には見えないのさ。」

 虫はぼくの隣に来て、ぼくにはわからない言葉で、ビワの葉に話しかけている。するとビワの葉がザワザワしてきた。本当にガン食い虫のガンタがそこにいるのだろうか。

「良いってさ。ガンタがきみのお父さんのガンを食べてくれるそうだ。」

虫が嬉しそうに言った。でも、どうやって目に見えない小さなガンタがガンを食べるのだろう。ぼくが心配していると、まだ青いビワの葉が二枚、風もないのに下に落ちた。

「早速その葉を二枚もらいな。父親の背中の下に敷くのだ。」

 ぼくは大きなごわごわした古い青いビワの葉を二枚そっとひろった。それから父に言って、父の背中の下に二枚のビワの葉をそっと敷いた。どうかガンを食べてくれますようにと願いながら。そしてぼくは父親のとなりに横になった。

 岩盤からの熱でポカポカして、ぼくはすぐにうとうとしてきた。すると夢を見た。ビワの葉の裏の毛の中にいたガンタたちが、ぼくの父親の体の中に入っていくのだ。そしてムシャムシャむしゃむしゃ悪いガン細胞を食べているのだ。

「いや、久しぶりにガンを食べたなあ。」

「うん、そうだね。」

「また、奇跡が起きたって騒がれるかな。」

「でも、多くのガン患者は、これまでの生活を改めないからね。」

「だから、ぼくらがガンを食べてもすぐに再発したよね。」

「ああ、そうだね。」

「そのため、ぼくらはしばらくガン細胞を食べなかったよね。」

「ああ、食べても再発するのではなあ。」

「でも、この人はかなり養生したようだよ。身体がかなり健康になっているよ。」

「ガンになってこれまでの生活を改めたからさ。」

「今まではストレスの多い仕事をしていたのだろうな。」

「家族のため、家族のためと言って働いて病気になってはだめだな。」

「でもこれなら、もう二度とガンにはならないだろう。」

「そうだね。良かったね。」

「ああ、家族も喜ぶだろう。」

 ガン食い虫のガンタたちは人間のためにガン細胞を食べてくれていたのだ。そしてガンタは一匹ではなかったのだ。この小さな、小さな虫すべてがガンタだったのだ。

「おい起きなさい。もうだいぶ温まったから宿に行こう。」

 ぼくは父親の声で目が覚めた。目が覚めた時かなりの時間が経っていた。父親の背中に敷いたゴワゴワした青い二枚のビワの葉は、なんと真っ黒になっていた。

「ガンタたちが悪いガンを食べたから、真っ黒くなったのさ。お父さんはもう大丈夫みたいだよ。良かったな。」

 隣にいたあの虫が言った。

「ありがとう。そうだ、きみはいったい誰なの。なぜこんなに親切にしてくれたの。」

「ハハハ、おいらはビワの木の精なのさ。うっかり山から転がり落ちて、海を漂っていたのさ。きみは3年前、海でビワの種を拾ってくれたじゃないか。あの種がおいらだったのさ。やっと、ふるさとへ帰ってきたよ。ありがとう。」

 ビワの木の精はこう言うと消えてしまった。ぼくは3年前、鹿児島で泳いでいるときに、浮かんでいるビワの種を拾って陸に投げたことを思い出していた。

 さて、ぼくと父の奇跡の起きた温泉地をめぐる旅、ガンタを探す旅はこれで終わった。ぼくたちは家に帰った。父の身体のガンは本当に消えたのだろうか。父は検査をしないからわからない。でも旅から帰った父は、まったく健康な人と同じように生活を今も続けている。まるでガンなんか最初から身体になかったように。

 あの旅で父は言った。「本当に大切なものは目に見えない」と。そう言えばガンタたちもぼくには見えなかったし、ビワの木の精もあれから見えなくなった。でも見えないことはいない事じゃない。見えないことは大切だからなのだとぼくは思うようになった。

                              おわり

 

 この童話は創作です。ただ、ビワの葉をあぶって患部に当てる治療法を教えられたのは、お釈迦様だと民間療法の本には書いてあります。実際にガンが治るかどうかわかりませんが、ビワの葉の薬効は仏教とともに日本に伝わったのかもしれませんね。

 

               ある童話作家のタマゴの話7(7/22)へ続く

ある童話作家のタマゴの話5・・・赤本

 前回紹介した2冊の食事療法の本、いかがでしたか。ガンになっていない健康な人でも、ガン予防のために読んでほしい本です。

 さて、山口大学理学部化学科56年度生のみなさん、お元気ですか。筆名タカスギケンジです。野草研究会第10代会長です。本名はわかりますよね。ぼくは生まれてから、ただ一度もタバコを吸ったことがありません。お酒も大学時代は良く飲んでいましたが、社会人になってほとんど飲んでいません。ぼくの家系で癌になった人を知りません。遺伝でも、タバコでも、お酒でもないとしたら、ぼくは何故癌になったのでしょうか。唯一心当たりがあるのは、学生時代から化学薬品に囲まれて生活していたことです。また、高校化学の教師だったのでずいぶん多くの化学薬品を身体が吸収していたのでしょう。でもこれは、同期のみなさんにも言えることです。ぜひ、血液検査で腫瘍マーカーを測定してみてください。癌は早期発見が大切です。いつまでもお体を大切に。

 なお、今回は少し長い本の一部分を紹介します。最近、特効薬が開発されていない病気が流行っていますが、対処するためには自らのもつ免疫力を上げることのようです。それにも役立つ本だと思います。

 

◎本の紹介その5 築田多吉著『家庭における実際的看護の秘訣』について

 

 別名赤本と呼ばれています。もちろん受験生が持っている大学の過去問のことではありません。家庭で病人が出たときに自然に生えている野草や薬草、野菜などを使って、病気を治すやり方が書いてある画期的な本です。

 ぼくの生まれた昭和の時代は家庭に病人が出ても、今のようにすぐに病院に連れていくことはありませんでした。この赤本を見て咽を通る食べ物を作り、薬草、大根、人参、生姜、ニラなどで病気を治したのです。また、あの時代、田舎の家庭には干した薬草が結構ありました。センブリ、ゲンノショウコヨモギなどです。

 ぼくの幼い頃から実家には母が何度も調べたボロボロの赤本(初版は大正14年)がありました。ぼくは幼い頃、肺炎で死にかけたことがあるそうですが、母がその赤本を見て治してくれたのです。そのボロボロの赤本はどこに行ったか分かりませんが、ぼくの息子が生まれたときに母が新しい赤本を買ってくれたのです。1989年11月30日発行されたものです。きっとぼくの息子が病気になったときに、赤本を見て治しなさいということだったのでしょう。

 

 東城百合子氏の自然療法の「はじめに」のなかに、「発行にあたってご協力いただきました通称赤本『家庭における実際的看護の秘訣』(築田多吉著)の方々に厚く御礼申し上げます。」と記載されていたので、自然療法の手当法の一部はこの赤本を参考に書かれたのだと思います。それを紹介します。なお漢字は旧字体で書かれていましたので、なおしたり、意訳したりしています。

 

 933頁 枇杷の葉療法の偉大なる効果

       ・・・略・・・

 936頁 枇杷の葉療法の仕方

 ビワの葉の青い葉(特に新芽より古い葉が良い)を布巾で拭き(洗わないこと)光沢のある表面を焦げない程度に火鉢であぶって(電熱器でもよし)二枚合わせて両手で十回程すり合わせ、これを一枚ずつ両手に持って初め腹の臍の下にあて一か所を十回強く押しては撫で、また、ほかの場所を移動して同じところを十回押擦し、この様に腹全体を押擦する。腹が六七分、押擦というのは葉を皮膚に直接に密着して押し揉むようにして腹を撫でるのです。臍下丹田と水落の所を入念に押擦する。

 葉は腹だけで五六枚は取り換える。取り換える都度二枚摺り合わせて炙る。

腹の治療が終わったら背中の脊骨の上とその両側、肩、腰、お尻などを押擦する。背中は腹よりも面積が広いから十分間くらい押擦する。

 以上腹と背中の療法が全身療法であるから先ず第一着に腹をやり、その次に背中をやる。この全身療法が終わったらその病気がある局所をやる。例えば肺病なら胸の前後両面、腎臓や胃腸病は全身療法を繰り返せばよろし、肝臓病は肝臓部の全面後面、のどの病気はのどから脛筋全部、乳の病気は乳と胸と腋の下。手足の病気はその患部全体。おでき、皮膚病、関節炎、禿頭病、顔や頭その他の湿疹等の外科的疾患は局所だけやればよろし。

 

 前回までは食事療法について調べていたのですが、今回は、赤本に枇杷の葉療法についての、古い記載があったのでここで紹介します。つまり枇杷の葉を炙って、腹から背中へ全身に葉っぱを当てて押すのです。その後、病気の所へ葉っぱを当てて押すように書いてあります。これは癌が全身病だからだと思います。癌の場所だけ手術で取り除いたりしても、結構他の場所に転移したりするので、全身癌になりにくいように腹から背中にかけて葉っぱを当てて押すのでしょう。

 

「癌は不治の病ではない」 として937頁から956頁まで癌について記載されています。その一部を紹介します。

 

943頁 癌の抵抗療法その他の特殊療法

一、全身の冷水摩擦又は生姜摩擦毎日実行して皮膚を赤くし血のめぐりを良くすること。

二、癌はなるべく勤務に従事し、夜は疲れてぐっすり眠るように働くこと。もしくは毎日一時間以上歩く。

三、青汁を作って飲む。この青汁は各種ビタミンの給源が豊富。

四、灸をすえる。

五、朝夕一回は必ず腹式呼吸をして、気海丹田を練り、精神を落ち着けて一切悲観せぬよう工夫すること。

六、日光浴をして全身を黒くする。強い光線を避けて三十分以内を何回か繰り返す。

 

 この抵抗療法を読んで、前回紹介した真柄医師のメンタルケアは五の精神を落ち着けるにつながるように思えました。また、病院では運動制限はないということでしたが、むしろ休まず、しっかり働かなくてはいけないように書いてあります。できる範囲で頑張ろうと思いました。

 

944頁 枇杷の葉療法の仕方

一 この療法の仕方は九三五頁に書いてあるから、あれをみてやってください。何処の癌でも全身療法として腹全部を枇杷の葉で強く押して撫で、終わって背中全部を撫で、その後で癌のある付近一帯を撫でるのです。例えば乳癌なら乳房と胸一面、癌のある方の腋高一面、舌癌、喉頭癌は顎の周り全体とのど一面、胃腸や子宮癌はみづおちから下腹部一面、肝臓病は腹と肝臓部の胸の前後両面という風に撫でるのです。

 枇杷の葉二枚を炙って十回程摺り合わせ、両手に持って皮膚をその枇杷の葉で三分間程撫で、枇杷の葉を新しく取り換えてこれを繰り返し十五分か十分撫でるのです。

二 なおその後で、この枇杷の葉十五枚程を長さ五分くらいに刻んで、七、八寸四方の木綿の袋に入れて、縫いつぶし小さい布団のようにして、これを腹一面に直接当て、その上に塩を二合程焼いて五寸四方位の袋に入れて縫いつぶし、それを枇杷の葉に載せて、その上にタオルを畳んで被い、その上へ一尺五寸四方のゴム布を被せて蒲団をかけて寝ていると、枇杷の葉のガスがゴム布のために発散しないから皮膚の毛穴から内部に吸収されます。この枇杷の葉は二十四時間そのまま取り換えないでよろしい。

 下記芋湿布をするとこの枇杷の葉で蒸す療法はできないから、芋湿布と隔日にやってもよろしい。

 

 「癌は不治の病ではない」の中にも枇杷の葉療法があらためて載っていました。一は936頁で紹介されたもの。二は葉っぱを刻んで包んでお腹に貼っても良いように書いてあります。つまり枇杷の葉療法はそれだけ優れた手当法なのだと思います。さらに芋湿布などを行うと癌の転移や進行を止めることがあると載っていました。

 

951頁 癌の食養生

 つまり肉や卵、魚のタンパク質の多食は癌には大毒で野菜、牛乳、果実、麩、海苔、昆布、ひじきの様な海草類を多くとるのが一番良いのであります。

 

 今まで読んだ食事療法の本にも書いてあるように、動物性タンパク質が癌にあまりよくないことは、昔から言われていたのだなとあらためて思いました。なおこの赤本では牛乳が良いように書いてありますが、たぶん自然の中で力いっぱい草を食べている牛の乳が良いのだろうなと思います。

 

◎実践していること

 抵抗療法を読んであらたに実践したことが2つあります。腹式呼吸と健康摩擦です。

 

腹式呼吸

 抵抗療法の五に載っていたので、基本的には朝昼晩と1日3回、精神をおちつけることを目的にしています。

期間2月8日から今日、7月8日まで152日間

 

健康摩擦

 抵抗療法の一に載っていたので、腹式呼吸した後に全身をタオルで摩擦して血行を良くし、体温を上げることを目的にしています。

期間2月13日から今日、7月8日まで147日間

 

              前に紹介した

足医術

期間 11月26日から今日、7月8日まで226日間 継続中

 

枇杷葉療法

期間 1月18日から今日、7月8日まで179日間 継続中

 

玄米菜食の食事 

  期間 1月20日から今日、7月8日まで177日間 継続中

 

スギナ茶(薬草茶)

 期間 4月26日から今日、7月8日まで74日間 継続中

 

食養生の心構え

 毎日の猫の世話、炊事、掃除、洗濯、ゴミ捨てなど、自分でできる事は自分で行うも継続しています。

 

枇杷葉風呂に入る

 3日に1回、43℃のビワの葉を浮かべたお湯に、胸の下まで10分間つかるのも継続していましたが、さすがに夏は汗をかきますから、最低でも2日に1回は入るようにしています。

 

〇肝臓・腎臓を温める

毎日、カイロや温めた蒟蒻で肝臓と腎臓を温めるのも継続しています。

 

                   ある童話作家のタマゴの話6(7/15)に続く

ある童話作家のタマゴの話4・・・代替療法

 前回紹介した東城百合子氏の「自然療法」の本は、本屋では売っていません。「あなたと健康社」へ直接申し込み、購入するようになっています。山口大学野草研究会OBの皆さん、興味があれば購入してください。ぼくらが大学時代、山や野原に見に行って、写真に撮った野草が結構薬草として自然療法に使われていますよ。

 さて、今回のテーマは代替療法です。癌の標準治療は手術、放射線抗癌剤の三つですが、代替療法というのはそれ以外の治療法のことです。

 自然療法の本を読んで、実践していて、少し不安もありました。この本には、癌が治った人の体験例が少ししかのっていないのです。このやり方で膵臓癌が良くなった人がどれくらいいるのだろうか。また、自然療法のような本はほかに出ているのだろうかと気になりました。そこでネット検索しました。

 ネットにはいろいろな情報があります。本当かどうかわかりませんが、代替療法として「水素温熱免疫療法」「東洋医学」「食事療法」などで癌が良くなるような記載がありました。そこで、ぼくも実践している食事療法の本を買って読みました。それが今回紹介する2冊の本です。

 

◎本の紹介その3 森下敬一著『ガンは食事で治す』について

 

 森下医師は自然医学の第一人者で実際に5万人余りのガン患者を診てきた人のようです。先生独自の発がん理論、先生独自の自然医食について書いてありました。ガンが発生するのは血液の汚れが原因。ガンを治すのは食事という結論でした。

 さてその食事ですが、主食は玄米雑穀ごはん。副食は季節の野菜、海草、小魚、発酵食品、根菜は皮つき。調味料は自然塩、本物の味噌、醤油など。肉、卵、牛乳、白米、白砂糖、化学塩、化学調味料、保存料、着色料の入ったものはさけるとあります。これは前回紹介した東城百合子氏の自然療法の食事法とよく似ていました。細かいところ、たとえば小魚は自然療法では動物性タンパク質が禁止ですので、さけるものに入っていると思えますが、この本では食べて良いことになっていました。

 さて、この本にはガン治療の実例として患者さんの体験談が載っていたのですが、興味ある記載がありました。余命三か月のステージ4の卵巣ガンを克服された方です。自然医食療法を始めて体質改善反応があらわれ、この病院で教えてもらった枇杷葉温圧や生姜湿布で手当したとありました。これはまさに自然療法の本に載っていた手当法です。つまり、癌の種類はぼくと異なりますが、癌が食事法と手当法で良くなった体験談が載っていたのです。

 

 ぼくはこの本を読んでなぜ玄米が体に良いのかも理解しました。医者が理論的に書いていて、その理由も載っていたのです。理由が書いてあると信憑性がまします。やってみようという気になります。癌の進行を緩めるため、止めるために始めた食事法と枇杷の葉療法ですが、続けたらひょっとしたら癌が治るのではないかと思うようになりました。

 

◎本の紹介その4 中大輔著『がんが食事で消えた 代替療法否定論者の私を変えた がん患者への取材記録』について

 

 この本は、がん治療クリニックの真柄医師への取材が50頁、実際に真柄療法を受けた、がん患者さんへの取材が173頁と、患者さんへの取材に重きを置いています。本を読むと、真柄療法の特徴は食事療法刺絡療法メンタルケアの3つあるようです。

 食事療法は動物性食品を断つ、野菜、果物、豆腐、キノコ、未精製の全粒穀類、海藻、ハーブを食べる。塩を抜く。味付けしない。とありました。実際に患者さんへの取材の中に、患者さんが食べた献立例が記載されていたので良く調べると、本当に減塩ではなく無塩と書いてありました。これは森下医師と真逆です。森下医師は自然塩をしっかりとるように書いてあったのです。でも、その他は自然療法の食事法とよく似ていました。

 また、この本には膵臓癌ステージⅣの人への取材が載っていたのです。標準治療をやめて、食事療法にはいり、改善されつつあるようなことが載っていました。

 

◎本を読んで実践していること

 

 さて、この真柄療法の本に「体温を上げる」という項目がありました。42℃の風呂に10分間入ると、全身の細胞にヒートショックプロテインが増加するとのことです。ヒートショックプロテインとはダメージを負った細胞を、修復する働きを持つたんぱく質のようです。毎日入っても3日に1回入っても効果は同じとのことです。そこでぼくは身体を絶えず温めることを考えました。

 

枇杷葉風呂に入る

 3日に1回、43℃のビワの葉を浮かべたお湯に、胸の下まで10分間つかっていました。

注 自然療法の本には膵臓癌のところに全身入浴はさけるとありましたが、色々自分で考えた結果、身体を温めることを優先しました。

 

〇肝臓・腎臓を温める

毎日、カイロや温めた蒟蒻で肝臓と腎臓を温めました。

 

              前に紹介した

足医術

 期間 11月26日から今日、7月1日まで219日間 継続中

 

枇杷葉療法

 期間 1月18日から今日、7月1日まで172日間 継続中

 

玄米菜食の食事 

 期間 1月20日から今日、7月1日まで170日間 継続中

 

スギナ茶

 期間 4月26日から今日、7月1日まで67日間 継続中

 

食養生の心構え

 毎日の猫の世話、炊事、掃除、洗濯、ゴミ捨てなど、自分でできる事は自分で行う。継続中

 

            ある童話作家のタマゴの話5(7/8)に続く

ある童話作家のタマゴの話3・・・自然療法

 前回紹介した足医術、本格的に実践したい人は必ず本を購入して、よく読んで行ってくださいね。色々注意事項などが書いてありますから。また、足医術は予防医学ですから健康な人も是非、試してほしいものです。

 さて癌患者のみなさん読んでくださいと前回書きましたが、80%程度の人は、現代医学で癌が完治するみたいなので、ぼくが読んだ本を無理に読まなくてもよいのです。残りの20%程度、現代医学で治らないと言われた癌患者のみなさん、もし良かったらこれからブログで紹介する本を読んでみてください。さて、しばらくはぼくが読んだ本の紹介をします。

 ぼくが癌になって、抗がん剤治療しても完治しないことを知って、最初に考えたのは学生時代のことです。本当のことかどうかわかりませんが学生時代、野草研究会の先輩に「梅の木になったサルノコシカケが癌に効く」という話を聞いていたのです。また、理学部化学科の研究室で海生動物から単離精製された抗腫瘍性物質を、アミノ酸を原料に化学合成する研究もしていたのです。

 つまり、自然界の中には癌に効く物質が多く存在する、それが現在医療に使われていないだけなのではないかと考えました。しかし、薬草図鑑には癌に効くという薬草は載っていませんでした。紆余曲折の結果、次の本に巡り合えたのです。

 

◎本の紹介その2 東城百合子著『家庭でできる自然療法 誰でもできる食事と手当法』

 

 実はこの本を読んでブログ1の「スギナ」という童話を書いたのです。

 この本の著者、東城氏は若い頃、当時不治の病である結核で死にかけて、玄米菜食の自然の食物と、身近にある自然の手当てを真剣に実行して、救われた人のようです。この本にはそれぞれの病気ごとに食べ物と手当法が載っています。ぼくの知りたい膵臓ガンについての手当法、食事法、食薬は次のように記載されていました。それを簡単に紹介します。

 ◎手当法・・・枇杷の葉、蒟蒻、生姜を使った温熱湿布など。

 ◎食事法・・・基本的に玄米菜食、海藻、根菜をとる。

  肉、魚、卵、酒、白砂糖はじめ甘味品、刺激物、不自然な加工品をさける。

 ◎食薬・・・梅肉エキスや朝鮮人参、スギナエゾウコギなど。

 

 学生時代野草研究会だったので、まずは身近な野草を利用しようと考えたのですが、本を読んだのは1月だったのでスギナは生えていませんでした。枇杷は常緑広葉樹なので冬でも緑の葉を繁らせています。そこで枇杷の葉を使った手当を始めることにしました。

 食事についてですが、ぼくは癌に負けないためには肉や魚などのタンパク質が大切だと思い、癌と診断されてからは好きでもない肉をあえて食べていました。この本によると、まったく正反対のことをしていたのです。

 実際にこの手当法、食事法、食薬でガンの治った人がいるとのことでした。ぼくはこの本にも少し希望をいだきました。現代医学の免疫療法が開発されるまで待たなくても、この手当法、食事法、食薬で癌が治るかもしれないと思いました。

 

◎本を読んで実践してみたこと 

 すぐ試したのは枇杷の葉療法です。実家に生えている枇杷の葉をもらってきて、1月18日から、枇杷葉療法を始めました。また、1月20日から、玄米菜食を続けています。

 

〇ぼくが試した枇杷葉療法

 最初は枇杷の生葉を少し炙り、膵臓腎臓肝臓などへ貼ってその上をカイロで温めました。それを1日2,3回行いました。次にカイロの代りに蒟蒻を茹でてタオルで包み、それを枇杷の葉の上に置いて温めました。夏になって生葉をそのまま貼っておくだけにしたこともあります。また、使った枇杷の葉は捨てないでガーゼに包んで、枇杷の葉風呂に使いました。

 実は癌になって身体のあちこちが痛みだしたのですが、医者は癌の痛みは継続性があるので、それは癌の痛みではないだろうとのことでした。しかし、どっちにしても痛いのは嫌です。この枇杷葉療法を行いますと、枇杷の葉には鎮痛効果があるのか不思議なことに、痛みが和らいだのです。

 

 期間 1月18日から今日、6月24日まで158日間

     いろいろやり方を変えて継続しています。

 

ぼくが試した玄米菜食の食事 

 玄米にゴマをふりかけ、梅干一つ。この梅干はぼくの母親が昭和57年に作ったもので、40年近くまえのものです。

 みそ汁の具はキャベツ、ネギ、ニラ、タマネギ、ニンジン、ダイコン、カボチャ、ワカメ、シイタケ、豆腐、など。極力自然食品店で無農薬の物を買ってきて具にしました。

 煮物として、サトイモ、ヤマイモ、ニンジン、ダイコン、ゴボウ、レンコン、カボチャ、シイタケ、高野豆腐、など。

 その他、黒豆、小豆など食べています。

 

 期間 1月20日から今日、6月24日まで156日間

 月に一度くらいは魚、甘い物を食べて気を紛らせていますが、原則玄米は毎日食べています。もう食べ始めて5か月以上、経ちました。

 

ぼくが試したスギナ茶

 4月終わりごろ、実家の畑の土手にやっと生え出したので、採ってきて煎じて飲みました。1日4.5杯飲みました。ほかにも薬草茶を1日4杯飲んでいましたので、さすがに水分の取りすぎになりました。そこで今は薬草とスギナを一緒にして煎じて飲んでいます。薬草の内容はまたの機会に。

 

 期間 4月26日から今日、6月24日まで60日間

 

食養生の心構え

 実はこの本を読んで一番心に響いたのは次の文です

「今は病気でも、それなりにできる事は身体の調子に合わせて働くことです。病人だからと自分いたわってはいけません。玄米自然食を正しく実行していれば、むしろ働いた方が血の循環がよくなって毒素も流れやすくなるのです。」

 そこでぼくは、毎日の猫の世話、炊事、掃除、洗濯、ゴミ捨てなど、自分でできる事は自分で行うよう心がけています。

 

                ある童話作家のタマゴの話4(7/1)へつづく