ビワ・・・ある童話作家のタマゴの話6

 前回紹介した赤本の中に出ていた、枇杷の葉療法を読んで書いた童話です。少し長いですが、読んでみてください。

 

               ガン食い虫

                         タカスギ ケンジ

 ぼくと父は虫を探して、日本の温泉地を旅している。ガン食い虫という名の虫だ。それは小さな、小さな、目に見えるかどうかもわからない小さな虫のようだ。名前のとおりガンを食べる、そんな虫だ。 

 日本には奇跡がおきたと、うわさされている場所がある。医者に完治は不可能だと言われたステージⅣの末期がんの患者が、そこに行けば、いつの間にかガンが消えたという場所がある。その場所は岩盤浴とか砂風呂とかの温泉地に多い。

 でも普通に考えて、岩盤浴とか砂風呂でガンが消えるわけがない。どうやらその場所には、小さな、小さな、ガン食い虫が住んでいるらしいのだ。ガン食い虫は人の身体に発生したガンが好物らしいのだ。ガンを食べてくれるガン食い虫、今どこにいるのだろう。

 

1 砂風呂

 

 鹿児島県I市の海岸の砂の上を歩くと熱い。きっと、ここの地下深くにドロドロのマグマがたまっているからだ。この海岸に天然砂むし場がある。ぼくは3年前、小学校2年生の時に家族旅行でこの地に来て砂風呂に入った。その時は父と母と妹とぼくの4人だった。今回はぼくと父のふたりだけだ。それにしてもここは3年前と少しも変わっていない。青い海と白い雲、日差しの強い太陽。

 変わったのはぼくの家族のほうだ。父がガンになった。手術も放射線治療も受けられないほどガンが進行していた。余命は半年、抗がん剤で少しだけ命をのばしても10カ月と診断された。ぼくたちはほかにガンを治す方法はないのかとインターネットを検索した。難しい学術論文がいろいろあったが、何が書いてあるのかわからなかった。わかった事は現代医学では手術、放射線抗がん剤の3つしか治療方法がないことだった。4つ目の免疫療法はまだ研究開発中らしい。

 現代医学が役立たずなら東洋医学ではどうだろうかと調べた。昔から日本には薬草、鍼灸、民間療法が伝えられている。まえに梅の木になったサルノコシカケがガンに効くと聞いたことがある。ネットを見ていると東洋医学かどうかわからないが、ガンに効くという自然療法、食事療法、温熱療法などいろいろ存在することがわかった。そして砂風呂に入っていたガン患者の身体から、ガンが消えて驚いたことが載っていた。ネットの情報には嘘も多い。ぼくは最初、信じなかった。だいたい砂風呂に入ってガンが消えれば医者はいらないじゃないか。

 しかし、父のガンは現代医学では治らないのだ。それに昔からフグの毒に当たって死んだ人を、海岸に埋めておけば生き返ると聞いたことがある。砂には不思議な力があるのかもしれない。だから同じようにガンが消えるのかもしれない。ぼくたち家族は藁にも縋る思いで砂風呂にかけることにした。母と妹を家に残し、ぼくは父と2人で3年前に家族旅行で来たこの地に、再び訪れたのだ。

 父と2人並んで海岸の砂の中に入っていると、だんだん蒸されてきた。そんなぼくを見て父は言った。

「お父さんは、頑張って長い時間、砂に入っているから、おまえはお父さんに無理に付き合わなくてもいいからな。しんどくなったら早く出て、風呂で砂を落としておいで。」

「うん、わかった。もう30分入ったから出るね。」

 さすがに30分も入っていると身体が熱くてたまらなくなる。ぼくは砂から出て風呂のある建物に向かった。その時、ぼくの目に小さな虫が写った。建物のすぐそばの砂の上に、バッタかコオロギのように見える虫がいるのだ。虫の眼がぼくをじっくりと見ている。

「良いのかい。」

 ふいに声がした。あたりに人はいない。ぼくはもう一度、虫を見た。

「そう、オレだよ。」

 なんと虫がぼくに話しかけているのだ。

「何が『良いのかい』なの。」

「君のお父さんガンだろう。ここにはもうガン食い虫はいないぞ。」

「え、ガン食い虫。」

「ああ、ガン食い虫のガンタさ。ガンを患った人が、砂風呂に入ってガンが治ったのを聞いてきたのだろう。あれはガン食い虫のガンタが、ガンを食べたから治ったのさ。」

「ガンタがガンを食べてくれるの。」

「そうさ、ガンタはガンが好物なのさ。」

 ぼくは虫の話を疑わなかった。なるほどと思った。砂の中に入っていた人の病気が治ったのは、砂の中にいるガンタが病気を食べてくれたからなのだ。

「そうだ、そのガンタは今どこにいるの。」

「あいつ気まぐれだから旅に出たのさ。全国各地でガンが治ったという、奇跡が起こった土地があるだろう。それはガンタがガンを食べながら旅しているからなのさ。」

「・・・」

「お父さんのガンを食べてほしいのなら、奇跡の起きた場所をたどって旅してごらん。きっとガンタに出会えるさ。」

「わかった。ありがとう。」

「気をつけて行きな。」

「うん。じゃあね。」

「いやお礼を言うのはおいらのほうさ。3年前、きみはおいらが海でおぼれていたところを助けてくれたじゃないか。覚えていないのかい。まあ、いいさ。じゃあな。」

 虫はそう言うと、目の前から消えてしまった。ぼくは3年前家族旅行で来た時のことを思いかえしたが、その時虫を助けた記憶は思い出せなかった。風呂に入り、砂を落とし、海岸の砂風呂に戻り、父に虫との話を聞かせると、父は笑って言った。

「そうか、ガン食い虫のガンタか。ここにいないのなら、しかたがないな。それじゃあそろそろ出ようかな。そうだ、その虫の言うように、ガン食い虫のガンタを探して2人で旅をするか。」

「うん。ぼく絶対、ガン食い虫のガンタを見つけるよ。」

 ぼくは決意を込めて大きな声で言った。

「ハハハ、ありがとう。」

 それは久しぶりに見た父の笑顔だった。

 

 2 ラジウム温泉

 

 鳥取県M温泉はいわゆる放射能温泉だ。ラドン222が含まれていて、ほんの少し放射線を出すのだ。この弱い放射線ホルミシス効果と言って身体に良いとされている。強い放射線白血病などのガンを誘発するのに、弱い放射線は身体にいいなんて不思議なことだが、ぼくは薬に似ているなと思う。すべては量によるというやつだ。まえに毒と薬のグラフを、何かの図鑑で見たことがある。この量までなら薬、この量から毒、この量で半分の人が死ぬ半数致死量、この量だと飲んだ全員が死ぬ全数致死量というグラフだ。

 この温泉でガンが治ったという情報はネットに載っていない。しかし、同じ放射能温泉の群馬県M温泉のある宿では、ガンが消えたという情報がネットに載っていた。同じ放射能温泉だからガン食い虫のガンタが、この温泉にも表れるのではないかとぼくは父に言った。父も賛成しここに来たのだけれど、父は違うことを気にしていた。

 父は「温泉の湯に入って大丈夫かな」と最初躊躇していたのだ。ガンに温泉は良くないという意見があるからだ。現代医学では治らないので、父はさまざまな本を手に入れたのだ。その一つ自然療法の本には、入浴そのものが厳禁とされていた。どうしても湯に入りたければ足湯、腰湯にとどめろと。しかし、温熱療法の本にはガン細胞は寒いときに活発になると書いてあった。また違う本には3日に1回、42℃の湯に10分間入って長生きしたとあった。本によってさまざまなのだ。

 さらにネットの記事ではガン細胞は42℃の熱で死ぬ、43℃では正常細胞が死ぬとある。毎朝晩、41℃の湯につかって長生きしたという記事も載っていた。どれがいいのかさっぱりわからない。

 なぜこうなるのか、現代医学と違って東洋医学や民間療法は経験則だからだ。ある草を煎じて飲ませたらその病気が治った。だからその草が薬草になったのだ。西洋医学のように草のどんな成分が、どんな症状に、どんな環境で、どう働いて効くのか、科学的根拠を追及していないのだ。いろんな情報があれば自分で判断しないといけないのが難点だ。

 そこで父は考えた。父の結論は「できるだけ熱い湯に短時間つかる。3日に1回、10間、43℃の湯につかる。」だった。ガン細胞は寒いとき活発になる。だから身体を暖めるのは良いことだ。ただし、露天風呂に入るまでや、更衣の時に身体が冷えるのは避けたほうがいい。それで父は湯船に、風呂に入るのは3日に1回にした。

 ぼくと父は温泉宿に入り、暑い昼の時間に温泉につかることにした。時間を10分間はかりながら温泉につかっていると、目の前にあの鹿児島の砂風呂で見た虫がいた。

「やあ、こんにちは。」

「ぼくたちについてきたのかい。」

「ああ、きみたち2人だけでは心配だったからね。それにここにはガン食い虫のガンタはいないようだぞ。」

「そう。失敗したかな。」

「どうしてこの温泉にしたのさ。」

「調べたのだ。ガンタの足取りを。」

「ガンタの足取り。」

「奇跡の起きた土地。鹿児島の砂風呂、群馬の放射能温泉、秋田の岩盤浴に奇跡の起きた温泉地があるよね。でも最近は奇跡が起きたと聞かない。だからどこか同じような成分の温泉地を、ガンタは旅しているのかなと思って。ここは群馬と同じ放射能温泉だからここにいないかなと思った。」

「なるほど。」

「ここにいなかったら、京都の海岸の砂湯に行って、その後で、群馬、秋田に行こうと父と相談した。」

ぼくが虫と話していると父親が不思議そうな顔をして言った。

「何を一人で、ブツブツつぶやいているのかな。」

「え、お父さん。ここに鹿児島で話した虫がいるじゃないか。」

「ほう、そうか。その虫は何と言っているのかな。」

「ガン食い虫のガンタは、ここにはいないって。」

「そうか。お父さんには見えないが、お前には虫が見えるのか。不思議な虫だな。」

「うん。大人には見えないのかな。」

「そうだな。サンテグジュペリの書いた『星の王子さま』の中で、『本当に大事なものは目に見えない』ってあったな。お父さんに見えないその虫が、ガン食い虫のガンタがいないというのなら、ここにいてもだめかなあ。次の奇跡の起きた温泉地に行くか。お父さん10分たったからもうあがるぞ。」

 父はそういって脱衣所に向かった。いつの間にか虫はいなくなっていた。

 

3 岩盤浴

 

 秋田県M温泉の岩盤浴はガン患者には奇跡の場所として有名なところだ。ぼくと父は鳥取県放射能温泉のあと、京都府の砂湯、群馬県放射能温泉と経由し、ここ秋田まで足を延ばした。父の容態は砂風呂や温泉につかってかなり良くなったように感じた。しかしガンだから治ることは考えられない。父はできるだけ長く生きる、できるだけ動く。そんなことを目標にしているみたいだ。ぼくはなんとかガン食い虫のガンタを、探すことだけ考えていた。

 M温泉についてぼくと父はびっくりした。ゴザをもった、足取りのおぼつかない人が大勢、山道を歩いて登っているではないか。あとで聞くとみんなガン患者だという。この温泉の岩盤浴の効用を聞きつけて、いや、奇跡が起きたのを聞きつけて、全国各地、いや、世界各地から集まってきたのだ。

 ぼくたちもあとに続いた。すると、もうすでに所どころの暑い岩の上に、ゴザを敷いて横たわっている人たちがいた。あとから来た人々もあいている岩の上に、ゴザを敷いて横になりだした。ぼくたちはもっと上に向かった。そこかしこから温泉の蒸気が出ている。

「この辺にしようか。」

 父はバスタオルを岩の上に敷いて、横になった。ぼくも、その隣で横になって目を閉じた。なんだかポカポカしてきた。良い気持ちだ。ふと目をあけるとあの虫がいた。

「どうやら、ここにガンタはいるみたいだぞ。」

「何だって。」

「ガンタの匂いがするのさ。」

「え、におい。」

 ぼくはその辺の匂いをクンクン嗅いだ。温泉の匂いがするだけだった。

「ガンタがどこにいるかわかるかい。」

 虫がぼくに聞いた。

「それは、わからない。」

 そうだ、わかるはずないじゃないかとぼくは思った。ぼくと父はガン食い虫のガンタを探して旅してきたけれど、よく考えたらガンタなんて今まで見たこともないのだ。すると虫が教えてくれた。

「ガンタは普段、ビワの葉の裏にいるのさ。」

「え、ビワ。ここは秋田県だよ。ビワは常緑広葉樹だから宮城県福島県までしか生えていないよ。」

 ぼくは理科の授業で先生から聞いた話をした。

「よく勉強しているな。でもな、学校の教科書通りには世の中なっていないのさ。ここは温泉地だから暖かいのさ。ほらそこに生えているではないか。」

「え、本当だ。」

 なんとすぐ近くの森の中にブナやミズナラに交じって大きなビワの木が生えていた。ぼくは木に駆け寄るとそっと一枚のビワの葉の裏をのぞいた。ビワの葉の裏には毛がびっしりついていただけだった。続けて何枚かの葉の裏を見た。やはり毛が生えているだけだった。

「いないよ。」

「いるじゃないか。その毛の中にガンタはいるのさ。」

「え、この毛。」

「ガンタは小さな、小さな虫だから人間には見えないのさ。」

 虫はぼくの隣に来て、ぼくにはわからない言葉で、ビワの葉に話しかけている。するとビワの葉がザワザワしてきた。本当にガン食い虫のガンタがそこにいるのだろうか。

「良いってさ。ガンタがきみのお父さんのガンを食べてくれるそうだ。」

虫が嬉しそうに言った。でも、どうやって目に見えない小さなガンタがガンを食べるのだろう。ぼくが心配していると、まだ青いビワの葉が二枚、風もないのに下に落ちた。

「早速その葉を二枚もらいな。父親の背中の下に敷くのだ。」

 ぼくは大きなごわごわした古い青いビワの葉を二枚そっとひろった。それから父に言って、父の背中の下に二枚のビワの葉をそっと敷いた。どうかガンを食べてくれますようにと願いながら。そしてぼくは父親のとなりに横になった。

 岩盤からの熱でポカポカして、ぼくはすぐにうとうとしてきた。すると夢を見た。ビワの葉の裏の毛の中にいたガンタたちが、ぼくの父親の体の中に入っていくのだ。そしてムシャムシャむしゃむしゃ悪いガン細胞を食べているのだ。

「いや、久しぶりにガンを食べたなあ。」

「うん、そうだね。」

「また、奇跡が起きたって騒がれるかな。」

「でも、多くのガン患者は、これまでの生活を改めないからね。」

「だから、ぼくらがガンを食べてもすぐに再発したよね。」

「ああ、そうだね。」

「そのため、ぼくらはしばらくガン細胞を食べなかったよね。」

「ああ、食べても再発するのではなあ。」

「でも、この人はかなり養生したようだよ。身体がかなり健康になっているよ。」

「ガンになってこれまでの生活を改めたからさ。」

「今まではストレスの多い仕事をしていたのだろうな。」

「家族のため、家族のためと言って働いて病気になってはだめだな。」

「でもこれなら、もう二度とガンにはならないだろう。」

「そうだね。良かったね。」

「ああ、家族も喜ぶだろう。」

 ガン食い虫のガンタたちは人間のためにガン細胞を食べてくれていたのだ。そしてガンタは一匹ではなかったのだ。この小さな、小さな虫すべてがガンタだったのだ。

「おい起きなさい。もうだいぶ温まったから宿に行こう。」

 ぼくは父親の声で目が覚めた。目が覚めた時かなりの時間が経っていた。父親の背中に敷いたゴワゴワした青い二枚のビワの葉は、なんと真っ黒になっていた。

「ガンタたちが悪いガンを食べたから、真っ黒くなったのさ。お父さんはもう大丈夫みたいだよ。良かったな。」

 隣にいたあの虫が言った。

「ありがとう。そうだ、きみはいったい誰なの。なぜこんなに親切にしてくれたの。」

「ハハハ、おいらはビワの木の精なのさ。うっかり山から転がり落ちて、海を漂っていたのさ。きみは3年前、海でビワの種を拾ってくれたじゃないか。あの種がおいらだったのさ。やっと、ふるさとへ帰ってきたよ。ありがとう。」

 ビワの木の精はこう言うと消えてしまった。ぼくは3年前、鹿児島で泳いでいるときに、浮かんでいるビワの種を拾って陸に投げたことを思い出していた。

 さて、ぼくと父の奇跡の起きた温泉地をめぐる旅、ガンタを探す旅はこれで終わった。ぼくたちは家に帰った。父の身体のガンは本当に消えたのだろうか。父は検査をしないからわからない。でも旅から帰った父は、まったく健康な人と同じように生活を今も続けている。まるでガンなんか最初から身体になかったように。

 あの旅で父は言った。「本当に大切なものは目に見えない」と。そう言えばガンタたちもぼくには見えなかったし、ビワの木の精もあれから見えなくなった。でも見えないことはいない事じゃない。見えないことは大切だからなのだとぼくは思うようになった。

                              おわり

 

 この童話は創作です。ただ、ビワの葉をあぶって患部に当てる治療法を教えられたのは、お釈迦様だと民間療法の本には書いてあります。実際にガンが治るかどうかわかりませんが、ビワの葉の薬効は仏教とともに日本に伝わったのかもしれませんね。

 

               ある童話作家のタマゴの話7(7/22)へ続く