山猫・・・ある童話作家のタマゴの話15

近況その➆・・・

 在宅緩和ケアのお医者さんが家に来た。けっこう悪いところがあった。

  1. 手足が少しむくんでいた。
  2. 右足の付け根の筋肉痛
  3. 黄疸がでた。

息子が心配して帰ってきた。色々手伝ってくれるので助かった。

 

 

    海の星

                   タカスギケンジ

 ヤマネコリョウタはお医者さんです。リョウタ先生は山のふもとに小さなヤマネコ医院を開いています。リョウタ先生の病院には、動物のかん者さんも来ますが、人間の子どものかん者さんも来ます。今日のかん者さんは小さな人間の女の子です。

「今日はどうしましたか?」リョウタ先生は女の子を連れて来たお母さんに聞きました。

「はい。実は昨夜から『お腹がいたい』と言って、ご飯を食べないんです。それで連れてきたのですが・・・」

「熱はありませんね?」

「はい。今日も昨夜も平熱です」

「風邪かな」そう言うとリョウタ先生は、チョウシンキを女の子のお腹にあてて調べました。それから

「ここはいたいかい?ここはどうだい?」とお腹に手をあてて聞きました。

「いたくない。大丈夫。いたくない」女の子はいたいようすではありません。

「そうか。うんちはちゃんと出ているかい。うんちが出ないとお腹がいたくなるぞ」

「大丈夫。ちゃんと出ているわ」

「モウチョウとかではないですね」

「うん。お腹じゃない。ココがいたいの」女の子は自分のムネをおさえて言いました。

「そうか。ムネがいたいのかい。ムネがいたくて、ご飯が食べられないのだね。何か悲しいことでもあったのかい」リョウタ先生はやさしく聞きました。

 

 女の子は最近あったことを、リョウタ先生に話しました。仲の良かった男の子と『海の星』をさがしに行く約束をしたこと。その男の子が、お父さんのてんきんで、遠くに引っこしていったこと。みんなが『海の星』なんてないと言って信じてくれないこと。女の子は悲しくてムネがいたくなってしまったのです。そして女の子はリョウタ先生に聞きました。

「『海の星』はないの?」

リョウタ先生は自分の小さい時のことを思い出しました。ムネのなかにあった不思議な物語。空を飛ぶほうき。魔法つかい。雲の中の水晶のお城。山の上の太古の生き物。そして見るとどんな願い事もかなう『海の星』。小さい時には信じていた自分。

「あるさ。人間の世界では、もう無くなってしまったものでも、ぼくたちの、動物の世界ではまだあるよ。大丈夫だよ」

 そう言うとリョウタ先生は二枚のきっぷを取り出しました。そして女の子にわたしました。

「このきっぷを持っていると海のなかに探しに行けるんだよ。これは水中列車のきっぷなんだよ。だからしっかりご飯を食べて元気になるんだよ。元気にならないと行けないぞ」

「ほんとう?」

「ほんとうさ。そしてきっぷを持っていると、海のなかを歩けるんだ。気持ちいいぞ」

「ありがとう。ご飯食べる。ありがとう」

 それからリョウタ先生は女の子のお母さんに言いました。

「もう大丈夫ですよ。お薬もいらないでしょう」

 母親は少し心配そうな顔をしていましたが女の子が元気いっぱいになったので、お礼を言って帰りました。

 

 その日の夕方です。女の子は夕食をしっかり食べて、はやめにねむりました。その手には二枚のきっぷをしっかりとにぎっています。いつ行けるんだろうとゆめみながら。

するとつぎのしゅんかん、女の子は列車のなかにいました。となりにはあの仲の良かった男の子が座っています。窓の外は海の中です。水中列車に乗っています。

「え、これは夢。ここは」

「夢じゃないさ。ここは水中列車のなかだよ。まどのそとを見てごらん。ほら魚が泳いでいるよ」

 まどの外には、たしかに魚が泳いでいます。そしてカニやエビ、サンゴや貝もいます。

「ほんとうだ。わああ、すごいね。でもいつ乗ったんだろう」

「きみがきっぷを二枚もらったから、ぼくをさそったんじゃないか。ありがとう。次の駅でおりて『海の星』をさがそうよ。見つけたらどんな願いもかなうんだ」

 女の子の願いは男の子がもう一度引っこして帰ってくることです。でも男の子の願いが気になります。『海の星』をさがしに行く約束をしたけど、どんな願いがあるのか聞いていないのです。

「ねえ。どんな願いがあるの」

 女の子は気になって聞きました。

「うん。お父さんがアメリカへ行ったので、今はお母さんの家でおじいちゃんたちと暮らしているけど、はやくお父さんが帰ってきて、元の場所で家族いっしょに暮らしたいんだ」

 男の子が言うと、水中列車は駅に止まりました。アナウンスが聞こえます。

「海の中。海の中です。近くには『海の星』が見られます。探検のため一時間停車します。乗り遅れのないようにお願いいたします」

「ここで見られるのだ」

 ふたりが海の中駅に降りると道しるべがありました。

『海の星↑』がたててあります。

「こっちだ」

ふたりはサンゴのなかを右に進みます。

『海の星↓』がたててあります。

「あっちだ」

ふたりは海草のなかを左に進みます。そして光かがやく場所に着きました。真珠貝が星の形に並んで、まるで海のなかで星がまたたいているように見えます。

「これだ。これを見たら願いがかなうんだ」

「よかったね」

 しばらくの間ふたりは『海の星』のまたたきを見ていましたが、一時間以内に駅にもどらないといけません。どちらともなく言いました。

「もう、帰ろう」

 海の中駅にもどった二人は水中列車に乗り込みました。列車は海のなかをどんどん進んでいきます。ふたりは海のなかを歩いたので疲れて眠ってしまいました。

 

 朝、女の子は自分の家の部屋で目をさましました。

「ああ。夢か」

 玄関の方でお母さんの話し声がします。

「あらひさしぶり。おひっこししたって聞いたけど」

 そしてあの男の子の声も聞こえます。

「ええ。お父さんがアメリカからもどったので、またこっちで暮らします」

 女の子はびっくりしました。

「あれは夢ではなかったのかしら」

母の呼ぶ声がします。女の子は急いで、昨日リョウタ先生にもらった二枚のきっぷを探しました。でもどこを探してもきっぷは見つかりませんでした。

                         おわり

 これで3年前に書いたヤマネコりょうたの話はしばらくお休みです。

 次回は少し変わった話を載せようと思います。

            ある童話作家のタマゴの話16(9/23)に続く