山猫・・・ある童話作家のタマゴの話13

近況その➄・・・夜エアコンの音がうるさくて眠れない。エアコンを消したら、蒸し暑くて眠れない。早く秋になってほしい。

 

    ヤマネコリョウタと海外アリ

                    タカスギケンジ

 ヤマネコのリョウタはお医者さんです。山のふもとに『ヤマネコ医院』を開いています。人間の子どもや山の動物を診ています。そんなある日のこと、うさぎのメイ子が右足をまっ赤にはらして、やってきました。

「どうしました。こんなに足をはらして」リョウタはメイ子のお母さんに聞きました。

「実は山ニンジンを食べている時にアリにかまれたようなのです。山ニンジンのすぐ近くに大きなアリの巣があったものですから」メイ子のお母さんは心配そうに説明しました。というのもかまれた右足は左足の倍ふくれていたのです。

リョウタはすぐに消毒しましたが、どんなアリにかまれたかわからなければ、どんな薬をつければいいか分かりません。

「もしよかったら、その場所に案内してもらえませんか」そう言ってメイ子のお母さんに案内してもらい山に向かいました。

 

 季節は夏です。アブラゼミニイニイゼミの鳴く中を進みます。道ばたには丈の高くなったイネ科の草や、夏の草花がいっぱいに咲いています。空は晴れてお日さまがカンカンに山や野原を照らしています。ヤマネコのリョウタも、メイ子のお母さんも汗びっしょりです。

「ああ。こんな暑い日は毛皮を取ってしまいたいなあ。でも、僕は山のお医者さんだから頑張らなければ」

そう思いながら進んで行きますと山ニンジンの群生に行きあたりました。

「ここなのです。ここで山ニンジンを食べていたらメイ子が急に痛み出して」

よく見ると少しはなれた先に、見たこともないアリの巣が、あっちにもニョキニョキ、こっちにもニョキニョキできていました。

「これは、今話題の海外アリかもしれない。さっそくサンプルを取って調べよう」リョウタはピンセットでアリを一匹つかまえると、サンプルビンにしまい、一目散に病院にもどりました。

リョウタの恐れていたとおり、アリは海外アリでした。そしてアリの体液を調べるとおそろしい猛毒が入っていたのです。とりあえずウサギのメイ子には、ちんつう剤と抗生物質を与えました。

「これは、僕の手におえないぞ。クーガー博士に相談しよう」クーガー博士はリョウタの大学時代の先生です。連絡すると

「リョウタくん。日本は今、海外アリのしんりゃくを受けているのです。最初は海外からの荷物を受け入れる港で発見されたのですが、その時にはすでに内陸部にも侵入していたのです。一匹の女王アリは百万から一千万の卵を産みます。山や野原で爆発的に増えているのです」

「クーガー博士。何か天敵になるものはいないのですか?また、かまれたら、どんな治療がいいのですか?」

「リョウタくん天敵はカエル。カエルはこのアリを食べるそうです。ただどんな薬が効くのか、まだわからないのです」

「先生は自然界の不思議について話されていたではないですか。本当に無いのですか」

大学の講義で自然界の不思議についてクーガー博士は、

「自然界は不思議ですね。たとえばアマゾンにはマラリアを運ぶカがいます。多くの人が刺されて死んでいますが、同じアマゾンの中にはキナの木が生えています。キナから採れるキニーネマラリアの薬なのです。つまり進化の中で植物は、動物の毒を中和するようなものを作っているのですね」とよく口にしていました。

「なにか植物が薬になるものを作っていないのですか」リョウタは祈るような気持ちで再度聞きました。

「日本にはさまざまな薬草が野山に生えています。その中で海外アリの毒に効く薬草があるかもしれません。アリの巣のまわりをよく観察してください」

「わかりました。いろんな薬草を調べてみます。ありがとうございました」リョウタはクーガー博士との通信を切りました。

 

 今日はもう医院を休みにしました。リョウタは山の仲間サルの太一と、もう一度海外アリの巣のところに行ってみました。

 太一はサルですから木から木へ伝わって行きます。また、リョウタはヤマネコですから、木登りは得意です。でも太一のように木から木に、早くは行けません。そこで、太一はリョウタを背負い忍者のように、林の中を木から木へ走って、海外アリの巣の所へやってきました。

「ありがとう。早く着いてよかった。どんな薬草がいいのだろうか」リョウタが考えながらアリの巣を見ますと、巣のまわりにカラスノエンドウが群生し、その外側に山ニンジンが生えています。そのまわりに人間の薬草にもなるドクダミゲンノショウコ、センブリ、リンドウがあります。

「そういえばアリは植物と共生すると聞いたことがあるぞ」とリョウタ。

「どういうことさ」と太一。

「アリのなかには植物を食べる昆虫から、植物を守るやつがいるのだ。たとえば、クロアリはカラスノエンドウから蜜をもらいながら、他の昆虫からカラスノエンドウを守っているのだ」

「ということは、海外アリはカラスノエンドウの蜜を吸いながら、守っているのかな」と太一。

「うん。このあたりが海外アリの住みかだから、この辺に生えている植物はみんな持って帰ろう」リョウタはかごを出して海外アリに気をつけながら、草花を摘みました。帰りも太一に背負われていち早く帰ってきました。

 

 ウサギのメイ子は医院のベッドで苦しんでいました。右足のはれは少し引きましたが、熱が出て来たのです。熱は体が毒を追い出そうとしているのです。リョウタと太一は帰ってさっそく薬つくりです。

カラスノエンドウは人間の胃薬にもなるから、これは入れよう。次にドクダミゲンノショウコ、センブリ、リンドウこれらも薬草だ。まず、すべてを煮るのだ」リョウタは大きなナベに薬草と水を入れてグツグツ水が半分になるまで煮ました。

「大丈夫かな」太一は心配しています。

「これを飲んでごらん」リョウタは煮汁にハチミツを入れてメイ子に飲ませました。すると急にメイ子は汗をかきはじめました。汗と一緒に体の毒が外に出ていったのです。

「とりあえず、ひと安心かな」

「よかった。でもなんでアリの巣のまわりの植物が薬になったのだろう」太一は不思議でした。

「僕もよくはわからないけど、生き物は一人では生きられないからじゃないかな。特にアリは様々な植物や昆虫とも共生しているから。助け合って生きているから。だからまわりの助け合っている植物に、自分の毒が効かないようにしているのではないかな。たぶんカラスノエンドウの中には、海外アリの毒を中和する薬が、できていたのだよ」

「そうなのか」

「もちろん。想像だよ。カラスノエンドウではなく、他の薬草の成分が良かったのかもしれない。それはまた、人間の研究者が調べるよ。大切なことはアリもそうだけど、僕たちもみんな一人では生きられないってことさ。今日太一が僕を運んでくれなかったら間に合わなかったかもしれないのだ。みんな助け合っているから生きられるのだ」

「そうだな。食べ物も水も空気も必要だし、薬になる草や木や、そして何よりお医者さんだな。また何かあったらたのむぜ」そう言うとサルの太一は帰って行きました。

「何かあったらたのむのは自分だよ。ひとりでは生きられない。本当にそうだな」とリョウタは思いました。 

            ある童話作家のタマゴの話14(9/9)に続く