山猫・・・ある童話作家のタマゴの話11
近況その③・・・暑いので何もやる気がしません。そこで久しぶりに、昔書いた童話を掲載します。ある出版社が公募した絵本の原稿です。賞には入らなかったのですが、出版社から自費出版を勧められました。結局、自費出版は断ったのですが、このヤマネコリョウタの話はその後、何作も書きました。まあ読んでみてください。
ヤマネコリョウタの妹イズミ
タカスギケンジ
一幕
ヤマネコのリョウタはお医者さんです。山のふもとの「ヤマネコ医院」で今日も患者さんの手当てをしています。人間の子ども向け病院ですが、ケガや病気をした動物たちも診ています。
この日、妹のイズミが看護師として帰ってきました。今まで四年間大学で勉強していたのです。
二幕
「お兄ちゃん。ただいま」
「おお。さっそく着がえて、手当を頼む。
クマのアイさんは風邪の注射
ウシのコイさんは傷薬と包帯
ヤギのメイさんは腹痛の薬
それに昼から手術があるので助手をしてくれ」
「はい」イズミは手早く手当てをはじめました。
三幕
昼休憩になりました。一緒にご飯を食べているとイズミが話し始めました。
「患者さんが多いねえ。私たち動物だけじゃなくて、人間の患者さんが。なぜかしら?」
「それはこの街の病院が減ったからなのだ。この街のお医者さんの子どもは、たいてい医学部に進学するけど、お医者になっても、この街に帰ってこないのだ。だからあちこちの病院がなくなっているのさ」
「なんで帰ってこないのだろう」
「都会の方が、魅力があるのだよ。特に新しい医療技術を開発して医学史に名前を残したい人は大学に残るだろ」
「病気の人を治したいお医者さんは、いないの」
「いや新しい医療技術を開発したら、多くの病気の人が助かるじゃないか」
「それはそうだけど。なんだか納得できないな」
「まあ。いろんな医者がいればいいじゃないか。昼からの手術たのむぞ」
「はい」
四幕
手術室にはイノシシの患者さんが寝ています。
「お兄さん。この患者さんはどこが悪いの?」
「この患者さんは、心にポッカリ穴があいているのだ。その穴をうめる手術だ。たのむぞ」
ヤマネコのリョウタは、患者さんの心の中にもぐっていきました。そこは暗い森の中に似ていました。
「心がポッカリあいた原因がどこかにあるはずだ」
リョウタは何か手がかりがないか探しました。すると高い山の上に西洋の城のように見える建物があります。
「登ってみよう」
リョウタは城をめざして登り始めました。
五幕
城の前には門番がいます。
「おまえは誰だ」
「僕は医者です。この患者さんの心の中を治しに来たのです」
「そうか。通るが良い。三つの難関を越えれば、助けることができる。しかし、助けられないと、お前も同じ病気になるかも知れないぞ。心に穴があくのだ」
「大丈夫です」
門番は門を開けて通してくれました。
六幕
「この城の中に何か手がかりがあるのだ」
リョウタはどんどん進んでいきました。最初に出てきたのは良心です。
「どなたですか」良心が聞きました。
「私は医者のヤマネコのリョウタです」
「私は良心です。私の心は治りません。私は山火事で仲間を見捨てて逃げてしまったのです。自分だけが助かればいいと・・・」良心がそう言うと、リョウタの目の前に山火事が広がりました。
七幕
イノシシが仲間とともに逃げています。一匹が足を取られ進めません。もう一匹が立ち止まりました。でも見捨てていこうとしています。
「だめだ。今逃げたら後悔するぞ。助けるのだ」リョウタが叫びました。
「でもあいつは前、オレにいじわるしたのだ」
「どんなヤツでも仲間を見捨てたら良心がこわれるよ」
「そうかわかった」イノシシは引き返し仲間を助けました。イノシシは良心を取り戻したのです。
八幕
景色はいつの間にかイノシシの心の中にある城に変わっていました。良心の姿も見えません。リョウタはどんどん進んでいきます。次に現れたのが、正義感です。
「あなたは良心を救いました。私も救ってくれるのですか」
「あなたは誰ですか」
「私は正義感です。私は親に絶対に悪いことをしないように、悪い者に立ち向かうように育てられました。しかし、あのときはどうかしていたのです。それはみんなで珍しい宝石を見つけたときです。あまりに美しかったので、みんなで分けるのが惜しくなったのです。そこで相撲をして、勝った者が全部独り占めできるようにしようと・・・」
九幕
あたりにはきれいな宝石の原石がいっぱいです。その周りで、イノシシがすもうをとっています。どうやらこのイノシシが一番になったところのようです。
「僕にもすもうをとらせてくれ」リョウタが言いました。
「きみはヤマネコじゃないか。ケガしないうちに帰った方がいいぞ」
「大丈夫だ。僕はニャンニン寺拳法やっているから」
「よし相手になってやる」
リョウタとイノシシの一戦は歴史に残る戦いになりました。
イノシシが不利な体勢になったとき、リョウタは攻めませんでした。
するとリョウタが不利な体勢になったとき、イノシシも攻めませんでした。
正々堂々、力と力で二人は相撲をしました。そしてリョウタは勝利しました。
「僕は宝石はいらないから、みんなで仲良く分けるのだ。いいね」
イノシシもリョウタとの一戦で正義感を取り戻し、宝石なんかより大切なものを思い出したのでした。
「そうするよ。ありがとう」
十幕
あたりはまたもや、イノシシの心の中にある城に変わっていました。正義感の姿は見えません。リョウタはどんどん進みました。次に現れたのは慈悲心でした。
「あなたは良心も正義感も救ってくれました。私も救ってくれるのですか」
「あなたは誰ですか」
「私は慈悲心です」
それを遠く手術室で聞いていた妹のイズミは、患者の心の中へ飛び込んできました。
「イズミどうしたんだ。何で入ってきた」
「お兄ちゃんは説得したり、戦ったり、するのは得意でしょう。でも、相手は慈悲心なのよ。慈悲の心で救わないといけないは。ここは私が変わります」
リョウタはいつの間にか手術室に戻っていました。
十一幕
イズミと慈悲心との会話が聞こえます。
「何をやったの、誰かを見殺しにするとか?」イズミが聞きます。
「私はお腹がいっぱいだったのに、山芋を残らず食べてしまったのだ。山芋のやつが自分は食ってもいいけど、来年のために小さいやつは、残しておいてくれと頼んだのにね。わしは慈悲心をなくしたのだ。」
十二幕
するとあたりには山芋を食べているイノシシの姿が現れました。
「全部食べたらだめよ」イズミは話しかけました。
「なぜだ。全部食べると決めたのだ。もっと太ってやるのだ」
「いえ。山芋は子どもを残したいのです。また、動物も同じなの。私たち動物も必要な分しか食べないから、自然は私たちを生かしてくれているの。何かが無くなれば、それは巡り巡って私たちが将来困ることになるのよ。さあ。慈悲心をよみがえらせなさい」
イズミの前身から光が発し、あたりは光に包まれ、まばゆいばかりです。イノシシの慈悲心を覆っていた黒いマントのような物もなくなり、イノシシの優しい顔の姿が現れました。
「わかった。小さいヤツだけ残しておこう」
十三幕
ふたたび、イノシシの心の中にある城の中です。
「生き物は完全ではないのです。時には我が身が大切で、良心に反することをするでしょう。時には欲望で正義感を忘れるのです。そして食欲が慈悲心を失わせることもあるのです。
でもそれを悔い改める者は救われるのです。あなたは三つの行いから心にポッカリ穴があいていたのです。あなたはそれを心から悔い改めました。これからは正しい行いをして生きてくださいね」
イズミの慈悲心がイノシシの慈悲心をよみがえらせたのです。
十四幕
ここは手術室。目を覚ましたイノシシの患者さんは、心の中が良心や正義感、慈悲心でいっぱいになっているのを感じました。
「手術は終わりました。もう大丈夫ですよ」リョウタが言いました。
「お大事に」イズミも言いました。
「私は夢の中でお二人に会ったような気がするのですが、よく覚えていません。とにかく、気分は晴れやかです」イノシシの患者さんは帰っていきました。
十五幕
今日一日の仕事が終わりました。
「結局あのイノシシの患者さん。現実には変わっていないのよね」
「ちがうよ。夢の中は過去とつながっているのだ。だから実際に歴史が変わって山火事では仲間を見捨てなかったのだ。相撲でも終わったあと、宝石はみんなで分けたのだ。それに山芋はツルを残して、子どもを作っているからね。来年も再来年も大きな芋が生えるのだ」
「ええ、そうなの」
「ああ。ただね、心の中の穴は、自分の弱い心があけたのだから、自分の心を強くして埋めるしかないのだけどね」
「そうね。あーあ。疲れたわ」
「まあ、明日からもよろしくね」
二人はおいしいコーヒーを飲んで疲れをとりました。
おわり
*もちろんこの童話はぼくの創作ですが、少林寺拳法の教えを参考に作りました。少林寺拳法に大切なのは慈悲心と正義感。この混とんとした社会を生きていくためにも必要な事ですよね。
ある童話作家のタマゴの話12(8/26)に続く