ガン・・・ある童話作家のタマゴの話1

 みなさんこんにちは 童話作家のタマゴ タカスギケンジです。ひまなとき、時間のある時に、次の作品をお読みください。最近作った話です。

 

                 スギナ    

                               タカスギ ケンジ

 四月だというのに、北陸ではまだまだ寒く春は遠い。山には白い雪がどっしりと居座って木々の緑が全く見えない。でもその白い山から融けだした水が川を下ってやって来る。川の土手には黄色い菜の花が所々に咲いている。春はまだかと咲いている。

 ぼくは早朝、寒さにもめげず、川の土手に座ってトランペットを吹いている。アパートではさすがに吹けないからだ。ぼくは薬学部の大学二回生だ。将来は薬剤師だ。だけどそれでいいのかという自分がいる。もう一人の自分は音楽で暮らせたらいいなと思っている。だから練習している。もちろんプロの音楽家になって、音楽で暮らせる人なんてごく一部だ。まあ、アコガレというやつだ。

 ぼくが一曲吹き終わり大きく息を吐いたとき、ぼくの視線の片隅に小さな女の子がうつった。女の子は黙々とスギナを摘んでいる。ツクシではない、スギナだ。ツクシはオヒタシにして食べることができる。でもスギナを食べる、なんて聞いたことがない。ぼくは思わず声をかけた。

「あの、お嬢ちゃん。ツクシとスギナと間違えていないかい。スギナは食べられないよ。」

 女の子は急に声をかけたぼくにビックリしたのか、手を止めて一瞬ぼくを見たけれど、何もなかったようにスギナを摘み続けた。そして一言大きな声で言った。

「大丈夫です。」

「え、でもスギナなんか摘んでどうするの。」

 人間は好奇心の塊だ。気になったら言葉が口から出てしまう。すると女の子は手を止めて、ぼくの方をまっすぐ向いて言った。

「それでは手伝ってください。手伝ってくれたら教えます。」

 女の子がぼくの方に差し出した小さな手には大きな紙の袋が握られていた。ぼくは思わずその紙袋を受け取ると、せっせとスギナを摘み始めた。そしてすぐに袋の中はスギナでいっぱいになった。女の子の持っていた袋もスギナでいっぱいになっている。

 ぼくはスギナの袋を渡すと女の子はニコッと笑って受け取った。

「まあ、約束だから教えるね。スギナは薬草なの。みんな知らないけどね。」

「薬草。え、スギナが薬草。」

 ぼくはびっくりして大きな声を出してしまった。ぼくは薬の専門家になろうとしている学生だ。ドクダミゲンノショウコ、センブリ、日本に良く効く薬草があるのは知っている。でもスギナが薬草になるなんて知らなかった。

「ありがとう。じゃあね。」

 女の子は驚いているぼくを残し、街の方に走っていった。

 アパートに戻り、さっそく薬草採取ポケット図鑑を見た。

―スギナ トクサ科 地上部をとって乾燥し利尿、解熱、せき止めに煎じて服用―

 また、違う薬草図鑑には

―虫さされ漆かぶれに煎じ液を患部にぬる―

 とある。

 結構身近な野草が薬草として利用されていることをぼくは知った。

 

山のてっぺんはまだ白いけれどふもとは緑におおわれている。寒さもずいぶんやわらいだ五月の早朝、ぼくはあいかわらず川の土手に座ってトランペットを吹いていた。あたりはスギナでいっぱいになっている。薬草の畑だなと思っていると、あの時の女の子が来た。手には大きな袋を持っている。

「やあ、またスギナを摘みに来たの。」

「はい。手伝ってくれますか。」

「いいよ。」

 ぼくは大きな紙袋を受け取ってスギナを摘み始めた。袋はすぐにいっぱいになった。

「この前、薬草って言っていたけれど、家族の人が病気なの?」

 ぼくはスギナの袋を渡しながら、何気なく聞いたのだけれど、まずいことを聞いてしまった。女の子の目から涙が一粒落ちてしまったのだ。

「ごめん、ごめん。」

「いえ、お兄さんには二回も手伝ってもらったから。お祖母ちゃんなの。お祖母ちゃんガンなのよ。もう医者からは見放されているのよ。長くないらしいの。」

「ガン。でもスギナって利尿剤で、あとせき止めとかに使うものじぁ。」

「みんな知らないのよね。ドイツでは、毎日スギナのお茶を飲んでいた子どもの腫瘍がなくなったって話があるのよ。」

「え、ドイツ。」

「うちのお祖父ちゃんはドイツ人なの。ドイツ語の先生として日本に来たの。もう亡くなったけどね。うちはこの話をお祖父ちゃんから聞いたのよ。」

「それでお祖母さんは。」

「よくならないのよ。毎日三回飲んでいるのに。作り方が違うのかな。」

「作り方。」

「うん。適当に煎じて飲んでいるの。こんなことならお祖父ちゃんに作り方を習っとけばよかった。それじゃあ今日もありがとう。」

 女の子はこう話すと走って街の方に帰っていった。ぼくはその背中につぶやいた。

「ガンか。」

 アパートに戻り、薬草図鑑を調べたがスギナがガンに効くなんて載っていなかった。ただインターネットを調べていたら、スギナが難病に効くという話は載っていた。ガンも難病だから、本当に効けばいいのだけれどと、ぼくは願った。

 

 初夏を通り越して、夏になったのではないかと思うような六月の早朝、山に雪はすでにない。ぼくは川の土手に座ってトランペットを吹いていた。と言ってこの日は一人ではない。薬学部の友人二人と一緒だ。友人の一人はバイオリンを弾いている。もう一人はギターだ。ソロも良いけれどみんなで一緒に演奏するのは楽しいものだ。あたりにはまだスギナが生えている。

そう言えばあの女の子は元気だろうか。あの子のお祖母さんはどうなったのだろう。スギナを見るとふとそんなことを考えてしまう。そう思っていると、あの女の子が来た。

「やあ、お祖母さんどう。またスギナを摘みに来たの。」

「うん。良いような。悪いような。わからないのよね。」

「あれから色々煎じ方を試したのだけれど・・・それより今日は三人なのね。何か聞かせてよ。」

 女の子のリクエストに応えてぼくらはサラサーテツィゴイネルワイゼンをアレンジして演奏した。一人でトランペットを吹いていた時は何のリクエストもなかったのに、やはりソロよりはみんなで演奏したほうが聞く人も楽しいのだろうか。

 演奏が終わってぼくらは四人で土手に座ってとりとめのない話をした。

「やはりこの曲はバイオリンだよな。」とギターの友人が言った。

「いや、ギターやトランペットが加わるとバイオリンだけよりは曲に深みが出てくるよ。薬だって単独で効く薬もあるけれど、二種類三種類の薬を混ぜたほうが、効きが良い場合があるだろう。」とバイオリンの友人。

まあ薬学部だから音楽の話が何故か薬の話になる。でも、この話を聞いて、ぼくはピンときた。

「そうか。ドイツで、スギナがガンに効いたのは、スギナのお茶、単独じゃない。」

「何。」とギターの友人。

「スギナがガンに効くの。」とバイオリンの友人。

「何かドイツでよく飲んで、日本ではあまり飲まないものはないかな。日本の国民食みたいなものが、ドイツにはないかな。」

「え、何の話?」とギターの友人。

国民食?」とバイオリンの友人。

 そこで、ぼくはまえに女の子とスギナを一緒に摘んだこと、ドイツでは毎日スギナのお茶を飲んでいた子どもの腫瘍がなくなったこと、そして女の子のお祖母さんがガンでスギナのお茶を飲んでいるけれど、なかなかよくならない事を話した。

「つまりだな、子どもの腫瘍がなくなったのはドイツの食べ物とか、飲み物とかと一緒に、スギナのお茶を飲んでいたからだと思ったのさ。」

「そんなことがあるかな。」とギターの友人。

「あるさ。薬草っていうのは西洋医学というよりは、東洋医学とか民間療法とかの分野だろう。」

「そうだな。」とギターの友人。

「その東洋医学には薬食同源という思想があって、薬も食べ物も同じもので、食べ物をバランスよくとることで病気を治すというものだ。」

「うん。それで。」とバイオリン。

「難病に効くという漢薬は五種類の薬草を混ぜて飲むものがある。単独よりも効くそうなのだ。ソロよりもトリオさ。スギナのお茶だけではなく何か一緒に飲めば、ガンに効くかと思ったのさ。」

「なるほど、その子どもはスギナのお茶だけではなく、ドイツ人が良く飲むお茶も一緒に飲んだから、ガンに効いたというわけか。」とギターの友人。

「それはあるかも。IPS細胞も四つの成分が働いて万能細胞にできるのだから。人間の身体にはそもそも複数の成分が働いて、病気を治すのかもしれないな。」と難しそうなことを言うバイオリンの友人。

「国民性がでるのはお茶だろうな。ドイツでよく飲んで、日本ではあまり飲まないものがあるよ。日本は緑茶、番茶、烏龍茶が一般的だろう。ドイツではローズヒップティーサルビアティー、リンデンティー、が一般的だぞ。」とギターの友人。

「なるほど。」とぼく。

「どういうことですか。」

ぼくたちの会話を聞いていた女の子が不思議そうにたずねた。ぼくはドイツのお茶と一緒に飲めばスギナのお茶がガンに効くかもしれないと話した。

「わかった。ありがとう。早速ドイツのお茶と一緒に飲んでみるように言う。」

 女の子は目を輝かせて走っていった。

 ぼくはアパートに戻りドイツのお茶についてネットで調べた。少し気になることがあったからだ。西洋医学の薬も、単独よりも二種類、三種類の薬を混ぜて効く場合もあるが、薬を何かと混ぜて飲むと、副作用が激しく死に至ることもあるのだ。

ローズヒップティーはビタミンCが豊富。利尿、抗酸化、強壮、消化促進、鎮静などの効能がある。

サルビアティーは炎症を抑えたり、汗止作用があったり、風邪の時やのどの痛いときに飲む。妊娠中は飲まない。

リンデンティーは解毒作用、発汗作用あり身体の防衛力を強くする。筋肉と神経をリラックスさせ、不安を和らげる。

お茶だと思って調べたらかなり薬としての効能があるのがわかった。ただ、西洋医学の薬のように特に何かと混ぜて飲んではいけないとは考えられなかった。本来、民間療法や漢方薬の場合、薬草を混ぜて飲んではいけないという話を聞かない。問題はないと自分に言い聞かせた。

 

大学の前期の試験がもうすぐ始まる七月早朝。ぼくは川の土手に座り、あいかわらずトランペットを吹いていた。友人は試験勉強で忙しく、ぼく一人だ。心地よい風が汗をはらっていく。ふと見ると、あの女の子と年配のご婦人が一緒に歩いてくる。

「今日は一人なのね。」

「うん、みんな試験勉強で忙しいのさ。」

「ふうん。」

「そっちの方は。」

 ぼくは女の子の肩に手をやっているご婦人の顔を見て言った。

「この子の祖母です。」

「え、ガンの。治ったのですか。」

「あなたがトランペットのお兄さんね。治ったかどうかはわからないのよ。調べていないから。でもあなたの言うようにスギナと一緒に、ドイツのお茶を飲み始めたの。おじいさんが残してくれたお茶を飲み始めたら、具合が良くなってね。ひと言お礼を言いに来たのよ。ありがとう。」

「いえ、それなら僕の仮説通り、二つのお茶の成分が高めあって、ガンに効いたのですかね。」

「わからないけれど、あの人が助けてくれたような気がするの。あの人っていうのは亡くなった、この子のお祖父さんよ。ドイツ人だったの。」

「あ、聞いています。」

「あの人がいなくなってドイツのお茶を飲まないようにしていたのよ。思い出すとつらいから。」

「そうなのですか。」

「でもこの子に言われて、しまってあったドイツのお茶をスギナと一緒に飲み始めたら、色々なことを思い出してね。楽しかったこととか。苦しかったこと。家族が増えた喜び。それで心が軽くなったのよ。それに毎日夢の中であの人が励ますのよ。頑張れ、頑張れ、ってね。」

「あ、聞いたことがあります。心を平静に保ったらガンが消えたって話。ガン患者にお笑いを聞かせたら胃ガンが小さくなったとか。」

「そうね。心が大切なのよね。」

「お兄ちゃん、ありがとうね。」

「よかったね。」

「まだわからないけれどね。」

ふたりは元気そうにもと来た道を帰っていった。ぼくは考えた。結局、ガンとはいえ、人の身体を治すのは、その人自身の生命力ではないかと。そして、その生命力を高めるのは心ではないかと。

あの子のお祖母さんは、ドイツのお茶を飲むことで亡くなったお祖父さんのことを、楽しかったことを思い出して、心が軽くなったのだ。それが生命力を高めたのだ。

薬は何のためにあるのだろう。薬も生命力を高める手助けを、ちょっとするだけなのかもしれない。だから世の中のすべての人に効く薬なんてないのだ。特に民間薬とか漢方薬とかは効く人は良く効いて、効かない人には全く効かないということが起きる。

それは当たり前のことなのだろうとぼくは考えて、川の土手をあとにした。もう真夏の暑さがそこまできていた。

                                    おわり

 

 この物語はぼくの創作です。ただ、東城氏の自然療法の本を読んでいると、スギナにはガンや糖尿病、腎臓病、結石、カリエス、肝臓病、胆のう炎、リウマチ、神経痛その他に驚くべき効果があると書いてあります。スギナ療法を実践した人として、ドイツの自然療法医クナイプ神父、マリア・ベントンさん。スイスのキコレンツ神父などが載っています。

 神父が実践しているのは、その療法がキリスト教に伝承されてきたからだと思います。世界史の中で宗教は最先端の科学だった時代があるのです。現代医学では助からない病気を治す療法が、実は古代から伝えられているのかもしれません。